
昔の八重山の桃林寺の和尚さんは、ある期間勤務されたら次の和尚さんと交代するんですね。桃林寺の勤務しておられたある和尚さんがいよいよ転任ということになって、小僧が一緒に昔の山原船で帰ることになって荷造りも終って順風の南風を待っていると今日も明日も南風にならないから待っとった。ところが小僧さん長らく八重山にいるから友達もあって待っても待っても順風が吹かないから、とうとう小僧さんは遊びに行ってしまった。ところがそのうちに天候が変わって南風が吹くようになったから、「さあ、出発だ。」と言ったら小僧がいない。待ってもこないから、そのまま小僧をおいてお坊さんたちは出帆した。小僧が港に帰ってくると船が石垣の町から出て行く。小僧は、「天の神、どうか助けてください。お願いです。」一生懸命信仰して石垣から川平まで走って追っかけてきた。船はここの屋良部崎に来るまで順風でここから見える屋良部崎まで来ていた。屋良部崎まで行ってみたが船は見えないから、どうしようもない。それで、小僧は川平の観音堂の今の位置まで来ると心身共に疲れてぐっすり寝てしまった。そのまま順風で行ったらこの小僧さんは川平に残されたでしょうね。やがて、船は北風になって進行できないから引き返してきて川平湾に入ってきた。こんこんこんと音がするから、小僧が起きてみると幸いすぐ下の川平湾に自分の乗る船が入ってきた。「はあ、本当に願いが通って天の神様助けてもらった。」と。その船に乗るとまた順風になって無事に首里に帰ることができた。やがてその小僧はお坊さんになって、今度は八重山桃林寺に勤務を命じられた。お坊さんは自分の小僧時代のことが本当に忘れられないですから思い出して、「自分の信仰が届いて風が北になって船が引き返してきたから自分は命拾いをした。ここに観音堂建てて自分の命を助けてくれたお礼しなければならない。」と川平の観音堂建てた。家の先祖があるとき漁りにいったら、大きな仏像が浜に流れ着いていた。先祖はお国にお帰りくださいと海に流したが、再び同じ仏像が流れ着いていた。先祖は仏像を家に持って帰ってきた信仰していたら、家は良い様になった。これは部落の皆で拝めるようにしなければならないと観音堂に納めることにした。戦前は旧暦の一月八日と八月八日は祈願日で、まず喜舎場家の人が線香をたてないと、誰も祈願することはできないことになっていた。
| レコード番号 | 47O340401 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C028 |
| 決定題名 | 観音堂由来(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 喜舎場兼次郎 |
| 話者名かな | きしゃばけんじろう |
| 生年月日 | 19040113 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字川平 |
| 記録日 | 19960909 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市字川平 T64 B05 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 桃林寺,小僧,山原船,順風,南風,天の神,信仰,石垣,川平,屋良部崎,観音堂,首里,先祖,漁り,大きな仏像,浜,戦前,旧暦,一月八日,八月八日,祈願日,喜舎場家,線香,祈願 |
| 梗概(こうがい) | 昔の八重山の桃林寺の和尚さんは、ある期間勤務されたら次の和尚さんと交代するんですね。桃林寺の勤務しておられたある和尚さんがいよいよ転任ということになって、小僧が一緒に昔の山原船で帰ることになって荷造りも終って順風の南風を待っていると今日も明日も南風にならないから待っとった。ところが小僧さん長らく八重山にいるから友達もあって待っても待っても順風が吹かないから、とうとう小僧さんは遊びに行ってしまった。ところがそのうちに天候が変わって南風が吹くようになったから、「さあ、出発だ。」と言ったら小僧がいない。待ってもこないから、そのまま小僧をおいてお坊さんたちは出帆した。小僧が港に帰ってくると船が石垣の町から出て行く。小僧は、「天の神、どうか助けてください。お願いです。」一生懸命信仰して石垣から川平まで走って追っかけてきた。船はここの屋良部崎に来るまで順風でここから見える屋良部崎まで来ていた。屋良部崎まで行ってみたが船は見えないから、どうしようもない。それで、小僧は川平の観音堂の今の位置まで来ると心身共に疲れてぐっすり寝てしまった。そのまま順風で行ったらこの小僧さんは川平に残されたでしょうね。やがて、船は北風になって進行できないから引き返してきて川平湾に入ってきた。こんこんこんと音がするから、小僧が起きてみると幸いすぐ下の川平湾に自分の乗る船が入ってきた。「はあ、本当に願いが通って天の神様助けてもらった。」と。その船に乗るとまた順風になって無事に首里に帰ることができた。やがてその小僧はお坊さんになって、今度は八重山桃林寺に勤務を命じられた。お坊さんは自分の小僧時代のことが本当に忘れられないですから思い出して、「自分の信仰が届いて風が北になって船が引き返してきたから自分は命拾いをした。ここに観音堂建てて自分の命を助けてくれたお礼しなければならない。」と川平の観音堂建てた。家の先祖があるとき漁りにいったら、大きな仏像が浜に流れ着いていた。先祖はお国にお帰りくださいと海に流したが、再び同じ仏像が流れ着いていた。先祖は仏像を家に持って帰ってきた信仰していたら、家は良い様になった。これは部落の皆で拝めるようにしなければならないと観音堂に納めることにした。戦前は旧暦の一月八日と八月八日は祈願日で、まず喜舎場家の人が線香をたてないと、誰も祈願することはできないことになっていた。 |
| 全体の記録時間数 | 9:31 |
| 物語の時間数 | 3:30 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |