
昔、人頭税を琉球王府に持っていく山原船が川平湾に入って順風を待っていた。一緒に山原船に乗ってきた首里の有名なお寺の小僧さんが暇つぶしに部落を散歩していた。そのうちに急に風が南風の順風になった。船子達は、小僧さんのことを忘れて出航してしまった。小僧さんはあわてて帰って来たが、船はずうっとむこうの平久保崎の所に行ってしまっていた。小僧さんは「どうぞ風を北風にして、もう一回船をこの川平湾に戻して下さい。」と祈願した。すると、祈願が通ったのか、風が北になって船は川平湾に戻ってきたので船に乗って首里に帰ることができた。小僧さんは修行して四、五年たつと、立派な和尚さんになって川平に戻ってきた。「あのときの祈願がもし通らなかったら、自分は船に乗って帰れなかっただろう。そうであったらどうなっていたかわからない」と二体の仏像と香炉と花瓶を持って来て、観音堂を建てた。五、六代前の先祖の女の人の話ですが、先祖が潮干狩りに行って川平湾を廻って吉原の方の海に行くと、今のシモトバルの下のウラナーの波打ち際に、大きな仏像が流れてきていた。先祖の女の人は、「こんな所に仏さんが流れてきておる。」と、その仏像を拾ってもう一度浜から海の中に持って行って、「ああ、ここに流れ来ておるから、あなたの御国に帰ってください。」と言って海に流した。それから一カ月位してまた潮干狩りに行くと、同じ仏像が流れ着いていた。これはただ事ではないと思って自分の家に持って帰り信心していたら、裕福になった。ところが部落でもその仏像を拝む人が広まったので観音堂に納めて、皆で拝むようになった。この仏像は今でもあの観音堂にある。ところが和尚さんが持ってきた仏像の二体も香炉花瓶も盗まれてしまった。
| レコード番号 | 47O340384 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C027 |
| 決定題名 | 観音堂由来(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 喜舎場兼美 |
| 話者名かな | きしゃばけんび |
| 生年月日 | 18991210 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字川平 |
| 記録日 | 19960909 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市字川平 T63 A10 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 八重山諸島民話集 P145 |
| キーワード | 山原船,川平湾,順風,首里,小僧,出航,祈願,二体の仏像,香炉,花瓶,観音堂,先祖の女の人,潮干狩り,ウラナー,仏像,裕福 |
| 梗概(こうがい) | 昔、人頭税を琉球王府に持っていく山原船が川平湾に入って順風を待っていた。一緒に山原船に乗ってきた首里の有名なお寺の小僧さんが暇つぶしに部落を散歩していた。そのうちに急に風が南風の順風になった。船子達は、小僧さんのことを忘れて出航してしまった。小僧さんはあわてて帰って来たが、船はずうっとむこうの平久保崎の所に行ってしまっていた。小僧さんは「どうぞ風を北風にして、もう一回船をこの川平湾に戻して下さい。」と祈願した。すると、祈願が通ったのか、風が北になって船は川平湾に戻ってきたので船に乗って首里に帰ることができた。小僧さんは修行して四、五年たつと、立派な和尚さんになって川平に戻ってきた。「あのときの祈願がもし通らなかったら、自分は船に乗って帰れなかっただろう。そうであったらどうなっていたかわからない」と二体の仏像と香炉と花瓶を持って来て、観音堂を建てた。五、六代前の先祖の女の人の話ですが、先祖が潮干狩りに行って川平湾を廻って吉原の方の海に行くと、今のシモトバルの下のウラナーの波打ち際に、大きな仏像が流れてきていた。先祖の女の人は、「こんな所に仏さんが流れてきておる。」と、その仏像を拾ってもう一度浜から海の中に持って行って、「ああ、ここに流れ来ておるから、あなたの御国に帰ってください。」と言って海に流した。それから一カ月位してまた潮干狩りに行くと、同じ仏像が流れ着いていた。これはただ事ではないと思って自分の家に持って帰り信心していたら、裕福になった。ところが部落でもその仏像を拝む人が広まったので観音堂に納めて、皆で拝むようになった。この仏像は今でもあの観音堂にある。ところが和尚さんが持ってきた仏像の二体も香炉花瓶も盗まれてしまった。 |
| 全体の記録時間数 | 6:50 |
| 物語の時間数 | 2:29 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |