
兼次郎さんは昔は郵便局長を勤めたりしていい時期もあったが、戦時中に子ども6人、母を亡くして、不幸のどん底だった時もあった。終戦の時、武器は海に投棄された。後に浜に手榴弾が流れ着いて、それを隣の父一人息子一人の家の息子が拾ってきて、家の軒に上げていた。そのうちに湿っていたものが、乾燥したようだ。終戦後の正月に、隣の息子はその手榴弾を道に捨てたようだ。それを、兼次郎さんの家でカタツムリの殻でけんかする(チンダミ)遊びをしていた子どもたちが拾って道で叩いたら爆発してしまい、10名の子どもが亡くなった。兼次郎さんの次男(当時14歳)と三男(当時11歳)もそれで亡くなった。三男に背負われていた生後何ヶ月かの娘は足に大怪我をした。この娘は国際大学にお世話になった娘。その事件の後、二週間くらい経った夜、あまりに寂しいので兼次郎さんは海に漁り(いざり)に行った。すると、蛸が十何匹もとれた。家に帰り戸を開けると、何かが腐ったような臭い匂いがする。何から匂うのか分からない。家に入ると、家内と婆さんが泣いている。訳を聞くと、死んだ子供達が来ていた、匂いで分かったという。残念ながら兼次郎さんには見えなかったが、蛸を取った海は子供達を埋葬した墓から見えるので、蛸も子供達が捕らせてくれたのだろう。昔は埋葬で肉は腐っても骨はしっかりしていたから、幽霊となって出てこれるが、今は火葬だから骨まで焼けてしまって出て来れないのかもしれない。兼次郎さんの奥さんは、今年の6月11日に、入院して3日目に亡くなった。もうすぐ100日だ。
| レコード番号 | 47O340297 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C021 |
| 決定題名 | 手榴弾で亡くなった子ども(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 喜舎場兼次郎 |
| 話者名かな | きしゃばけんじろう |
| 生年月日 | 19040113 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字川平 |
| 記録日 | 19950913 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市字川平 T57 B11 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 30,90 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | - |
| 梗概(こうがい) | 兼次郎さんは昔は郵便局長を勤めたりしていい時期もあったが、戦時中に子ども6人、母を亡くして、不幸のどん底だった時もあった。終戦の時、武器は海に投棄された。後に浜に手榴弾が流れ着いて、それを隣の父一人息子一人の家の息子が拾ってきて、家の軒に上げていた。そのうちに湿っていたものが、乾燥したようだ。終戦後の正月に、隣の息子はその手榴弾を道に捨てたようだ。それを、兼次郎さんの家でカタツムリの殻でけんかする(チンダミ)遊びをしていた子どもたちが拾って道で叩いたら爆発してしまい、10名の子どもが亡くなった。兼次郎さんの次男(当時14歳)と三男(当時11歳)もそれで亡くなった。三男に背負われていた生後何ヶ月かの娘は足に大怪我をした。この娘は国際大学にお世話になった娘。その事件の後、二週間くらい経った夜、あまりに寂しいので兼次郎さんは海に漁り(いざり)に行った。すると、蛸が十何匹もとれた。家に帰り戸を開けると、何かが腐ったような臭い匂いがする。何から匂うのか分からない。家に入ると、家内と婆さんが泣いている。訳を聞くと、死んだ子供達が来ていた、匂いで分かったという。残念ながら兼次郎さんには見えなかったが、蛸を取った海は子供達を埋葬した墓から見えるので、蛸も子供達が捕らせてくれたのだろう。昔は埋葬で肉は腐っても骨はしっかりしていたから、幽霊となって出てこれるが、今は火葬だから骨まで焼けてしまって出て来れないのかもしれない。兼次郎さんの奥さんは、今年の6月11日に、入院して3日目に亡くなった。もうすぐ100日だ。 |
| 全体の記録時間数 | 12:15 |
| 物語の時間数 | 10:54 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |