川平棒の起源(共通語)

概要

今から470年前、川平村は仲間村に武芸の達人で、その名は遠く首里王府まで知られた英雄仲間満慶山がいた。時を同じくして大浜村には強力無双のオヤケアカハチがいた。しかしミツケイマの武勇を恐れていたとのことである。ミツケイマは意志強固で右にも左にも片寄らず常に中道を生きぬいていた。アカハチはミツケイマをナカシメに招き、同志になってもらいたいと申し入れた。しかしミツケイマは八重山の将来のことを深く考えてアカハチの申し入れを拒否した。仲間村に帰るミツケイマをアカハチは大軍を出して追撃したので、ミツケイマはこれを防ぎつつ帰る途中、アカハチが前もって仕掛けていたケーラ崎の落とし穴に落ち無念の最後をとげた。これより先ミツケイマが仲間村で武術の練習をしておられるのを、村の若者達が遠くより見て、自分達もミツケイマのようになりたいと思って始めたのが、棒の始まりであり刀棒である。キツバンサイに先頭になってやる刀棒は、ミツケイマ偉大な人格、崇高な徳望、潔癖な心を慕い、昔から今日に至るまでやっている。この棒はミツケイマの名とともに永遠に残るだろう。琉球は1314年から1320年の間、中山南山北山に分かれて相対立して内乱が絶えなかった。1492年に中山の尚巴志が南山北山を滅ぼし三山を統一した。1509年、尚巴志は二度と乱が起こらないように各地の武器を中山に納めさせたので、その頃から琉球に棒術が生まれたと考えられている。琉球に武器のないことを知った薩摩の島津家久は1609年やすやすと琉球を征服し、中山にあった武器をことごとく取り上げたので、琉球ではそれから棒術空手がが盛んになった。八重山は1390年中山に入貢していたので、毎年の年貢米やその他の上納物は首里王府よりマーラン船が来て積んでいった。マーラン船は風の力で航海する帆船だから、天然の良港である川平湾に必ず入港し順風が吹くまで何日間も停泊していた。その間に村人が船員に棒術を習い、後輩に伝えた。川平湾にある穴はマーラン船をつなぐためにわざわざ掘った穴。棒術を教えた人。三人棒は与那国のアーサ、スクガー棒は沖縄本島のスクガーという人、ゲッケン棒は軍隊から満期帰郷した先輩たちから伝わった。棒の言葉については、前になる人をカクといい、後になる人をナカンギリという。服装は、カクもナカンギリも上衣は紺地に赤いタスキ、下は白ズボン、脚絆、タスキ掛け。カナイ風呂敷を勇ましくかぶる。カクの上衣は短く、ナカンギリは長い。

再生時間:6:42

民話詳細DATA

レコード番号 47O340131
CD番号 47O334C009
決定題名 川平棒の起源(共通語)
話者がつけた題名
話者名 崎山用次
話者名かな さきやまようじ
生年月日 19000627
性別
出身地 沖縄県石垣市字川平
記録日 19750810
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市字川平 T19 B01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード ミツケイマ,オヤケアカハチ,棒術,キツバンサイ,刀棒,
梗概(こうがい) 今から470年前、川平村は仲間村に武芸の達人で、その名は遠く首里王府まで知られた英雄仲間満慶山がいた。時を同じくして大浜村には強力無双のオヤケアカハチがいた。しかしミツケイマの武勇を恐れていたとのことである。ミツケイマは意志強固で右にも左にも片寄らず常に中道を生きぬいていた。アカハチはミツケイマをナカシメに招き、同志になってもらいたいと申し入れた。しかしミツケイマは八重山の将来のことを深く考えてアカハチの申し入れを拒否した。仲間村に帰るミツケイマをアカハチは大軍を出して追撃したので、ミツケイマはこれを防ぎつつ帰る途中、アカハチが前もって仕掛けていたケーラ崎の落とし穴に落ち無念の最後をとげた。これより先ミツケイマが仲間村で武術の練習をしておられるのを、村の若者達が遠くより見て、自分達もミツケイマのようになりたいと思って始めたのが、棒の始まりであり刀棒である。キツバンサイに先頭になってやる刀棒は、ミツケイマ偉大な人格、崇高な徳望、潔癖な心を慕い、昔から今日に至るまでやっている。この棒はミツケイマの名とともに永遠に残るだろう。琉球は1314年から1320年の間、中山南山北山に分かれて相対立して内乱が絶えなかった。1492年に中山の尚巴志が南山北山を滅ぼし三山を統一した。1509年、尚巴志は二度と乱が起こらないように各地の武器を中山に納めさせたので、その頃から琉球に棒術が生まれたと考えられている。琉球に武器のないことを知った薩摩の島津家久は1609年やすやすと琉球を征服し、中山にあった武器をことごとく取り上げたので、琉球ではそれから棒術空手がが盛んになった。八重山は1390年中山に入貢していたので、毎年の年貢米やその他の上納物は首里王府よりマーラン船が来て積んでいった。マーラン船は風の力で航海する帆船だから、天然の良港である川平湾に必ず入港し順風が吹くまで何日間も停泊していた。その間に村人が船員に棒術を習い、後輩に伝えた。川平湾にある穴はマーラン船をつなぐためにわざわざ掘った穴。棒術を教えた人。三人棒は与那国のアーサ、スクガー棒は沖縄本島のスクガーという人、ゲッケン棒は軍隊から満期帰郷した先輩たちから伝わった。棒の言葉については、前になる人をカクといい、後になる人をナカンギリという。服装は、カクもナカンギリも上衣は紺地に赤いタスキ、下は白ズボン、脚絆、タスキ掛け。カナイ風呂敷を勇ましくかぶる。カクの上衣は短く、ナカンギリは長い。
全体の記録時間数 7:09
物語の時間数 6:42
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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