明和の津波(共通語)

概要

明和の津波で、白保はほんのわずかしか生き残らなかった。宮良には百人あまり生き残った。波照間から大量の人が白保にやってきた。宮良と白保は兄弟村だったのに、宮良はおろそかにしていいということもあったらしい。昔は、宮良が兄だから豊年祭のときも先に行事をやっていたのに、それもやってはいけないということも、最近までそういう話があったらしい。元々白保にいた人は波照間の人たちに圧倒されていた。言葉も全然違う。今の白保の言葉は波照間そっくりです。宮良とは全然違う。東成底さんの家は元宮良で、宮良のムトゥ(元)御嶽の仲嵩御嶽のタネモトである。宮良には小浜から来た。小浜の人達の先祖ははっきりしている。明和の津波で、宮良で生き残ったのは男が百何名、女が四十何名だったので、小浜からは男より女の人のほうが多く移住してきた。

再生時間:5:54

民話詳細DATA

レコード番号 47O340669
CD番号 47O34C047
決定題名 明和の津波(共通語)
話者がつけた題名
話者名 東成底光秀
話者名かな ひがしなりそこみつひで
生年月日 19130127
性別
出身地 沖縄県石垣市字宮良
記録日 19960913
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市字宮良 T111 B01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 明和の津波,白保,宮良,生き残った,波照間,兄弟村,豊年祭,言葉,元宮良,ムトゥ(元)御嶽,仲嵩御嶽,タネモト,小浜,先祖,男,女
梗概(こうがい) 明和の津波で、白保はほんのわずかしか生き残らなかった。宮良には百人あまり生き残った。波照間から大量の人が白保にやってきた。宮良と白保は兄弟村だったのに、宮良はおろそかにしていいということもあったらしい。昔は、宮良が兄だから豊年祭のときも先に行事をやっていたのに、それもやってはいけないということも、最近までそういう話があったらしい。元々白保にいた人は波照間の人たちに圧倒されていた。言葉も全然違う。今の白保の言葉は波照間そっくりです。宮良とは全然違う。東成底さんの家は元宮良で、宮良のムトゥ(元)御嶽の仲嵩御嶽のタネモトである。宮良には小浜から来た。小浜の人達の先祖ははっきりしている。明和の津波で、宮良で生き残ったのは男が百何名、女が四十何名だったので、小浜からは男より女の人のほうが多く移住してきた。
全体の記録時間数 5:57
物語の時間数 5:54
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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