
申し上げます。昔々、大昔、ある村の並んだ西のお家と東のお家に、年寄りの爺さんがおったそうであります。東の家の爺さんは夫婦で裕福な家庭で裕福な生活をしておって、西の家の爺さんは妻子もおらず大変貧乏で、毎日海に出て魚を釣りをして、貧しい暮らしを補っておったそうです。ある日、貧乏暮らしの西の家の爺さんが、海に出ていつもの釣り場で釣りをしていると、方言ではイシマと言うんですが、カマンタともいう平たい魚を釣り上げたそうでありまして、そのイシマの持ち物が全く人間女性のものと変わらないようなきれいな形でありましたので、その妻もいない爺さんは、それを見るとたまらなくなってやってしまったそうです。そしたら妻にしてやっぱり愛情が移ったから、これを持ち返らずに放してやったそうであります。そして、その後も毎日のようにその釣り場に、釣り仕事を続けておりますと、ちょうど一年後に自分の釣り場に、向こう先から、水の中から頭をぽつんと出して、「父ちゃん。」と言う声があったそうで、不思議だと思って、「なんかなあ。」と気を付けておると、また出てきて、「父ちゃん」と言うもんですから、後は何気なく爺さんは、「はい。」と答えたそうです。そうすっと本当のお爺さんの血の流れた子どもが、イシマのお腹の中から生まれてきて、母親の言いつけで、父ちゃんを訪ねてきたという話であります。
それで、子どもの方から、「実はお母さんが、父ちゃんを案内してきなさいということで、お供に参りました。」と言ったら、「どうして水の中に行けるか。」と言ったら、「私についてくればだいじょうぶです。」と言うので、「そうか。」と案内されて子供と一緒に母親の所に行ったそうです。そしたら、母親の家庭に行く途中で、カマンタの子が言った。「今日はお父さんにお母さんからいろいろもてなしがあるはずですから、帰りのお土産は何が欲しいかと聞く時には、必ず家の後ろに宝臼があるから、その臼がお土産を欲しいと、それ以外のものは、何にも欲しくないと、そう頑張って下さい。」と子どもが、お父さんの方に言い聞かしたそうであります。「そうか。」とそれを信じて、お母さんの所に行って、いろいろご馳走にあずかり、もてなしを受けた後、やっぱし、子どもの伝えたように、「帰りのお土産は何が欲しいか。」と聞いたそうで、「この宝臼以外に欲しくない。」と言ったので、このお母さんのイシマから、この宝臼をもらって家に帰ったそうです。そうすっとこの宝臼というのは、臼に米が欲しいというと米が出て、お金が欲しいというとお金が出た。その臼は何でも願ったものが出る宝の臼なので、みすぼらしい暮らしをしていた爺さんは、すぐに裕福な暮らしになったそうであります。東の家の裕福な家のお爺さんも、「あんな貧乏者が自分より勝るほど急に成功したんだ。」ということで、今度は嫉妬をして、「不思議だ。君はこんな貧乏者がどうしてこういう訳があるか。急にその豊かな生活が出来るか。」と聞いたので、このお爺さんは恥ずかしいから、これを聞かせないと頑張っておったそうでありますが、日ごろから、この東の家の富豪家が何でも、自分を世話してくれたためか、脅迫がましいことを迫ったので、しかたなく、「実は恥ずかしいけれども、ご存知のとおり海から行って釣って生活をつないでおるところにこういう魚が釣れて、その持ち物が女のものと同じでしたから、ご承知の通り自分も妻もいないから、これに自分は妻にしてしまった。その関係で、こういう子どもが出来て龍宮から宝の臼をもらってきた。」と訳を話したそうであります。その東の家の爺さんは欲張りだったので、さらに欲が沸いて、「自分より貧乏者が自分より勝ったから、それじゃあ負けていかない。じゃ自分もそうしてみよう。」と欲を出して、金持ちで何の不自由もないのに、自分も真似をしてみようと思って、西の家の爺さんからカマンタを釣った場所を聞くと海に行って西の爺さんの真似をして、その海で釣りをしていると、目的のエイが釣れたので、そのエイと思い切ってやってしまって海に放した。そして、東の家の爺さんが、「これでもっと金持ちになれるぞ。」と喜んでいると、その声は口から出ないで自分の金玉が、「これでもっと金持ちになれるぞ。」と言った。東の爺さんは、びっくりして、「何だろう。これはおかしいな。」と言うと、また金玉が、「何だろう。これはおかしいな。」と言った。
東の爺さんはがっかりして、家にもどったが、声が下から出るから物が言えないで黙っていると、妻が夫の様子を見て、「どうしたんですか。」と聞いた。だけど爺さんが返事をすると下の方から声が出るので返事ができないで、やはり黙っていたが、後はとうとう妻の方に問いつめられてわけを話した。その話も下の方から声が出るから、妻もあわててなんとか治せないかとあちこちを駆け回って、ユタや三世相(さんじんそう)にいろいろ聞いたが治し方が分からなかったので、その村で一番のお年寄りの大変物知りの女の方のところに行って聞くと、「お前は牧場の雌の牛とやらないと治らない。」と教えられたから、恥ずかしいけれども牧場の牛は荒いから、村中の人を雇って牧場の牛を動かないように木にくくりつけて、やってしまったら、たちまち金玉の物をいうのは、雌の牛のお尻に染(う)って東の爺さんの変な病気は治ったので、「ああ、助かった。あの婆さんのいうことは正しかった。」と安心し、その牛を放してやった。すると、この牛がモーと鳴くとお尻がモーと鳴くから、その牛は飛び上がって驚いて、お尻を石にも木にも擦りつけたので、その病気が牛のお尻から山の木や石に染(う)ったので、それが山彦になったそうであります。
| レコード番号 | 47O340059 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C004 |
| 決定題名 | エイ女房(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 成底真加良 |
| 話者名かな | なりそこまから |
| 生年月日 | 19071206 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字宮良 |
| 記録日 | 19760802 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市字宮良 T37 B03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 12 |
| 発句(ほっく) | むかしむかし |
| 伝承事情 | 親戚の東入原加那真さんよりいつもきいていたとのこと。夕食後遊びに行った時などにいつも話しをせがんでいた。 |
| 文字化資料 | 日本昔話通観第26巻 P219 |
| キーワード | 西の家,東の家,カマンタ,宝臼 |
| 梗概(こうがい) | 申し上げます。昔々、大昔、ある村の並んだ西のお家と東のお家に、年寄りの爺さんがおったそうであります。東の家の爺さんは夫婦で裕福な家庭で裕福な生活をしておって、西の家の爺さんは妻子もおらず大変貧乏で、毎日海に出て魚を釣りをして、貧しい暮らしを補っておったそうです。ある日、貧乏暮らしの西の家の爺さんが、海に出ていつもの釣り場で釣りをしていると、方言ではイシマと言うんですが、カマンタともいう平たい魚を釣り上げたそうでありまして、そのイシマの持ち物が全く人間女性のものと変わらないようなきれいな形でありましたので、その妻もいない爺さんは、それを見るとたまらなくなってやってしまったそうです。そしたら妻にしてやっぱり愛情が移ったから、これを持ち返らずに放してやったそうであります。そして、その後も毎日のようにその釣り場に、釣り仕事を続けておりますと、ちょうど一年後に自分の釣り場に、向こう先から、水の中から頭をぽつんと出して、「父ちゃん。」と言う声があったそうで、不思議だと思って、「なんかなあ。」と気を付けておると、また出てきて、「父ちゃん」と言うもんですから、後は何気なく爺さんは、「はい。」と答えたそうです。そうすっと本当のお爺さんの血の流れた子どもが、イシマのお腹の中から生まれてきて、母親の言いつけで、父ちゃんを訪ねてきたという話であります。 それで、子どもの方から、「実はお母さんが、父ちゃんを案内してきなさいということで、お供に参りました。」と言ったら、「どうして水の中に行けるか。」と言ったら、「私についてくればだいじょうぶです。」と言うので、「そうか。」と案内されて子供と一緒に母親の所に行ったそうです。そしたら、母親の家庭に行く途中で、カマンタの子が言った。「今日はお父さんにお母さんからいろいろもてなしがあるはずですから、帰りのお土産は何が欲しいかと聞く時には、必ず家の後ろに宝臼があるから、その臼がお土産を欲しいと、それ以外のものは、何にも欲しくないと、そう頑張って下さい。」と子どもが、お父さんの方に言い聞かしたそうであります。「そうか。」とそれを信じて、お母さんの所に行って、いろいろご馳走にあずかり、もてなしを受けた後、やっぱし、子どもの伝えたように、「帰りのお土産は何が欲しいか。」と聞いたそうで、「この宝臼以外に欲しくない。」と言ったので、このお母さんのイシマから、この宝臼をもらって家に帰ったそうです。そうすっとこの宝臼というのは、臼に米が欲しいというと米が出て、お金が欲しいというとお金が出た。その臼は何でも願ったものが出る宝の臼なので、みすぼらしい暮らしをしていた爺さんは、すぐに裕福な暮らしになったそうであります。東の家の裕福な家のお爺さんも、「あんな貧乏者が自分より勝るほど急に成功したんだ。」ということで、今度は嫉妬をして、「不思議だ。君はこんな貧乏者がどうしてこういう訳があるか。急にその豊かな生活が出来るか。」と聞いたので、このお爺さんは恥ずかしいから、これを聞かせないと頑張っておったそうでありますが、日ごろから、この東の家の富豪家が何でも、自分を世話してくれたためか、脅迫がましいことを迫ったので、しかたなく、「実は恥ずかしいけれども、ご存知のとおり海から行って釣って生活をつないでおるところにこういう魚が釣れて、その持ち物が女のものと同じでしたから、ご承知の通り自分も妻もいないから、これに自分は妻にしてしまった。その関係で、こういう子どもが出来て龍宮から宝の臼をもらってきた。」と訳を話したそうであります。その東の家の爺さんは欲張りだったので、さらに欲が沸いて、「自分より貧乏者が自分より勝ったから、それじゃあ負けていかない。じゃ自分もそうしてみよう。」と欲を出して、金持ちで何の不自由もないのに、自分も真似をしてみようと思って、西の家の爺さんからカマンタを釣った場所を聞くと海に行って西の爺さんの真似をして、その海で釣りをしていると、目的のエイが釣れたので、そのエイと思い切ってやってしまって海に放した。そして、東の家の爺さんが、「これでもっと金持ちになれるぞ。」と喜んでいると、その声は口から出ないで自分の金玉が、「これでもっと金持ちになれるぞ。」と言った。東の爺さんは、びっくりして、「何だろう。これはおかしいな。」と言うと、また金玉が、「何だろう。これはおかしいな。」と言った。 東の爺さんはがっかりして、家にもどったが、声が下から出るから物が言えないで黙っていると、妻が夫の様子を見て、「どうしたんですか。」と聞いた。だけど爺さんが返事をすると下の方から声が出るので返事ができないで、やはり黙っていたが、後はとうとう妻の方に問いつめられてわけを話した。その話も下の方から声が出るから、妻もあわててなんとか治せないかとあちこちを駆け回って、ユタや三世相(さんじんそう)にいろいろ聞いたが治し方が分からなかったので、その村で一番のお年寄りの大変物知りの女の方のところに行って聞くと、「お前は牧場の雌の牛とやらないと治らない。」と教えられたから、恥ずかしいけれども牧場の牛は荒いから、村中の人を雇って牧場の牛を動かないように木にくくりつけて、やってしまったら、たちまち金玉の物をいうのは、雌の牛のお尻に染(う)って東の爺さんの変な病気は治ったので、「ああ、助かった。あの婆さんのいうことは正しかった。」と安心し、その牛を放してやった。すると、この牛がモーと鳴くとお尻がモーと鳴くから、その牛は飛び上がって驚いて、お尻を石にも木にも擦りつけたので、その病気が牛のお尻から山の木や石に染(う)ったので、それが山彦になったそうであります。 |
| 全体の記録時間数 | 11:08 |
| 物語の時間数 | 10:55 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |