
宮良部落に、田盛(たーむらー)ちゅう昔、神の居られた家があります。この田盛家に男の人がおらないので、私の家の前花の先祖に当たる人が田盛家に養子に行ったそうです。この家の神母(かんあっぱ)は、司以上の神様ですから、いつでも司が供にしておったそうです。この神様みたいな田盛家の婆ちゃんが、あまり神懸りをしてとっぴょうしもないことを言われるので、私たちの先祖の人はこの人に、「お前は何か神懸りちゅうて変なことばかり言うが。」つってたしなめようとして言うたら、「神様が自分にこんなことを言えと言うておられるから言っているのに、私の言うことをそしったり、文句言うたら、あんたは神罰(かんばち)当たるぞ。」と言うておられたら、案の定この人は、豊里部落に何か用事で行って豊里の東の白浜水浜で水難に遭って亡くなられたそうです。だからほんとの神の予言をされた人だと言われております。もう一つ、この田盛家に現在使われている香炉の話ですが、その昔宮良の何代か前で、最後の頭役(かしらやく)であったかも知らん人が首里に命令を受けるために、石垣の町から船を出して来たところが、宮良の前の宮良湾の前まで来たら、錨も下ろさないのにその船がいっこう進まないから、三日間もそこの同し位置で止まったままだったので困ったそうです。それで、「これは何か変なことがある。」と判断して引っ返したそうです。引っ返したとき、この人は、「これは多分自分が宮良の神高い田盛家にお参りしなしないからだ。」と言うて、使いの者を遣わして、早速神前に供える、材料を供物を準備して宮良にすぐ早馬で飛んで来るようにと言いつけて、自分はまっすぐ宮良の田盛家に向かって向かって駕籠を担がせて出て、宮良の田盛家に来ると、「どうか私は無事に那覇まで行って命令を受けて帰ることができましたら、信心の印をあげたい。」と言って祈願したそうです。それから帰って行って船を出したら、その時は順風が当たって、三日ぐらいの短い時間で那覇まで着いたと。それで、那覇の町で、立派な香炉を買って肌身放さず持っいて船に持って来て、船では自分が枕元に置いて、その香炉を持ち帰って田盛家に無事帰ったことを報告し、自分の願懸けの印だと言うて香炉をあげたそうです。それが現在、田盛家で使われておる香炉だと言い伝えられております。これは九二歳で亡くなられた爺さんから私が直接聞いた話ですので、申し上げておきます。
| レコード番号 | 47O340048 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C004 |
| 決定題名 | 宮良田盛家の話(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 前花哲雄 |
| 話者名かな | まえはなてつお |
| 生年月日 | 19090304 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字宮良 |
| 記録日 | 19760802 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市字宮良 T37 A05 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 宮良部落,田盛家,神懸り,予言,香炉 |
| 梗概(こうがい) | 宮良部落に、田盛(たーむらー)ちゅう昔、神の居られた家があります。この田盛家に男の人がおらないので、私の家の前花の先祖に当たる人が田盛家に養子に行ったそうです。この家の神母(かんあっぱ)は、司以上の神様ですから、いつでも司が供にしておったそうです。この神様みたいな田盛家の婆ちゃんが、あまり神懸りをしてとっぴょうしもないことを言われるので、私たちの先祖の人はこの人に、「お前は何か神懸りちゅうて変なことばかり言うが。」つってたしなめようとして言うたら、「神様が自分にこんなことを言えと言うておられるから言っているのに、私の言うことをそしったり、文句言うたら、あんたは神罰(かんばち)当たるぞ。」と言うておられたら、案の定この人は、豊里部落に何か用事で行って豊里の東の白浜水浜で水難に遭って亡くなられたそうです。だからほんとの神の予言をされた人だと言われております。もう一つ、この田盛家に現在使われている香炉の話ですが、その昔宮良の何代か前で、最後の頭役(かしらやく)であったかも知らん人が首里に命令を受けるために、石垣の町から船を出して来たところが、宮良の前の宮良湾の前まで来たら、錨も下ろさないのにその船がいっこう進まないから、三日間もそこの同し位置で止まったままだったので困ったそうです。それで、「これは何か変なことがある。」と判断して引っ返したそうです。引っ返したとき、この人は、「これは多分自分が宮良の神高い田盛家にお参りしなしないからだ。」と言うて、使いの者を遣わして、早速神前に供える、材料を供物を準備して宮良にすぐ早馬で飛んで来るようにと言いつけて、自分はまっすぐ宮良の田盛家に向かって向かって駕籠を担がせて出て、宮良の田盛家に来ると、「どうか私は無事に那覇まで行って命令を受けて帰ることができましたら、信心の印をあげたい。」と言って祈願したそうです。それから帰って行って船を出したら、その時は順風が当たって、三日ぐらいの短い時間で那覇まで着いたと。それで、那覇の町で、立派な香炉を買って肌身放さず持っいて船に持って来て、船では自分が枕元に置いて、その香炉を持ち帰って田盛家に無事帰ったことを報告し、自分の願懸けの印だと言うて香炉をあげたそうです。それが現在、田盛家で使われておる香炉だと言い伝えられております。これは九二歳で亡くなられた爺さんから私が直接聞いた話ですので、申し上げておきます。 |
| 全体の記録時間数 | 5:38 |
| 物語の時間数 | 4:54 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |