赤馬節由来(共通語)

概要

川平村にね、司番(しばん)という役人さんがおったんだ。その役人さんがね、宮良村(みやら むら)の主(ぬし)の宮良村の主(しゅー)に転勤命ぜられたんだ。その時に旅支度をしてね、川平湾を出たところ、赤毛の子馬が後を着いて来てね、追うても追うても帰らない。司番が宮良村に着いても帰らない。司番は、「これは神から頼まれた馬だろう。」と言うことでね、それで司番はこれはもう大事に養った。ところがこの馬が、天下の名馬になったわけだ。司番が乗ろうとすると座って乗せる。乗ると立つ。言う通りに振る舞うというのでね、天下の名馬の話がね、首里王の耳にも届いたわけだな。 首里王府は、「司番ともどもこの赤馬というやらを首里城に連れてこい。」というと使いを遣わす。で、首里王の命令だからというのでね、この馬は、首里城に連れて行かれて、首里王に献上されるわけだな。ところがね、首里に行ったら、この馬は、天下の名馬どころか天下の悪馬なんだ。王様乗ろうとすると足蹴っ飛ばすしね、もう手に負えない馬になっておる。で、王様はね、だから、「こんな馬をね、名馬というのか。」と言うんで怒ってね、「司番を虜にして連れてこい。」ということで司番は、虜にされてね、首里に向かうわけだ。それで、始めて赤馬とまた会うわけだ。会うとね、主が来たというので赤馬は喜んでね、主の所に駆け寄ってね、鼻をすり猫のしぐさをするわけだな。そして、司番が申すのには、馬付き添いであってもね、赤馬の養い方によるんだということでね、「私がそれじゃあ乗ってみせましょう。」ということになってね、司番が乗ろうとすると、赤馬は座る。そして、乗る。そこで、馬が司番とともに名技を披露するんだな。そこでね、王様も、「やはり犬付き添いであってもね、飼う人の心と心とが繋がらなければだめだ。」ということで、そこで、ここで赤馬節が生まれるわけ。それが、八重山のお祝いなんかの時に座開(ざーびら)きなんかにも使われるしね。ところが、赤馬の節の方は、司番が赤馬と別れるシーンというのがある。別れるということはお祝いのときにはいい言葉じゃないからこれは第二部でやる。あるいはまた、赤馬が踊られると余興終わりというふうなことにもなりかねないような状態になる。これは、最後はね、赤馬はさらに名馬ということにまたなってね、首里に置かれる。司番は帰る。司番が帰るとね、この赤馬はね、もう自分の死ぬ時期を知っておってね、海を飛びいつの間に飛び降りたかね、平久保岬に着いてね、そこから飛んで司番の居る家(うち)まで辿り着いてね、そこで倒れて死んだ。馬は主のところまで駆け、駆け寄ってきて、司番の前に跪いて死んだらしい。

再生時間:5:04

民話詳細DATA

レコード番号 47O150374
CD番号 47O15C023
決定題名 赤馬節由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 慶田正介
話者名かな けいだせいすけ
生年月日 19181129
性別
出身地 沖縄県石垣市大浜
記録日 19940824
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市大浜 T101 A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12,20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 大浜の民話 P54
キーワード 川平村,司番,宮良村,赤毛の子馬,神,名馬,首里王府,首里城,献上,悪馬,虜,馬付き添い,赤馬節,八重山,お祝い,座開き,平久保岬
梗概(こうがい) 川平村にね、司番(しばん)という役人さんがおったんだ。その役人さんがね、宮良村(みやら むら)の主(ぬし)の宮良村の主(しゅー)に転勤命ぜられたんだ。その時に旅支度をしてね、川平湾を出たところ、赤毛の子馬が後を着いて来てね、追うても追うても帰らない。司番が宮良村に着いても帰らない。司番は、「これは神から頼まれた馬だろう。」と言うことでね、それで司番はこれはもう大事に養った。ところがこの馬が、天下の名馬になったわけだ。司番が乗ろうとすると座って乗せる。乗ると立つ。言う通りに振る舞うというのでね、天下の名馬の話がね、首里王の耳にも届いたわけだな。 首里王府は、「司番ともどもこの赤馬というやらを首里城に連れてこい。」というと使いを遣わす。で、首里王の命令だからというのでね、この馬は、首里城に連れて行かれて、首里王に献上されるわけだな。ところがね、首里に行ったら、この馬は、天下の名馬どころか天下の悪馬なんだ。王様乗ろうとすると足蹴っ飛ばすしね、もう手に負えない馬になっておる。で、王様はね、だから、「こんな馬をね、名馬というのか。」と言うんで怒ってね、「司番を虜にして連れてこい。」ということで司番は、虜にされてね、首里に向かうわけだ。それで、始めて赤馬とまた会うわけだ。会うとね、主が来たというので赤馬は喜んでね、主の所に駆け寄ってね、鼻をすり猫のしぐさをするわけだな。そして、司番が申すのには、馬付き添いであってもね、赤馬の養い方によるんだということでね、「私がそれじゃあ乗ってみせましょう。」ということになってね、司番が乗ろうとすると、赤馬は座る。そして、乗る。そこで、馬が司番とともに名技を披露するんだな。そこでね、王様も、「やはり犬付き添いであってもね、飼う人の心と心とが繋がらなければだめだ。」ということで、そこで、ここで赤馬節が生まれるわけ。それが、八重山のお祝いなんかの時に座開(ざーびら)きなんかにも使われるしね。ところが、赤馬の節の方は、司番が赤馬と別れるシーンというのがある。別れるということはお祝いのときにはいい言葉じゃないからこれは第二部でやる。あるいはまた、赤馬が踊られると余興終わりというふうなことにもなりかねないような状態になる。これは、最後はね、赤馬はさらに名馬ということにまたなってね、首里に置かれる。司番は帰る。司番が帰るとね、この赤馬はね、もう自分の死ぬ時期を知っておってね、海を飛びいつの間に飛び降りたかね、平久保岬に着いてね、そこから飛んで司番の居る家(うち)まで辿り着いてね、そこで倒れて死んだ。馬は主のところまで駆け、駆け寄ってきて、司番の前に跪いて死んだらしい。
全体の記録時間数 5:22
物語の時間数 5:04
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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