明和の大津波(共通語)

概要

まあ、何年の何月何日か分からんけどね、夜明けの四時、夜明け前だそうです。で、こっちの人、初めてだから、分からんから、朝方、地震が行ってること分らんで、眠ってるわけさ。眠っている。地震が分からない。で、地震が行くのが分らんで、あの時、潮が引いているから、何も分からんさ。で、白保の、東の、宮良と白保の中間の東ですよ。こっちは、今まで、波が荒いですよ。海が深いから。ずっと沖に、何キロかね、ずっと離れているんだけどね。沖から離れているから。あの時の津波が来てね、噴火してから、ぼわっとなっているわけさね。そして、お家ん中、潮が、ぼわっと入るでしょ。バケツん中水さ。ああ、離れてから、入ってから、また出てくるわけ。これが、〔聞き取り不能〕これなんかね、石落としたら、ぼって吹くでしょ。これが、津波だった。ばって破裂して、石落としても、破裂するでしょ。これが三回来たわけさ。三回。で、これで持って、八重山の人は、津波で流された。地盤がね、ある程度、低かった。こういう、地形に応じて、波がこういう流れている。で、宮良川を中心にして、大きな波が流れている。あれから、八重山はもう、北側ね、こう、大里の後ろにね、山があって、星野の間からあ、津波が、流れてて、於茂登岳の前から流れててね、大里の山とね、星野の間がね、星野という部落があるわけだ。この間がね、川があるわけだ。川があるけど、この川がね、ぶつかって於茂登山に。これがね、南に流れたもんだから、於茂登岳の前の〔聞き取り不能〕、やっぱり地形が低かったわけさ。で、これがずっと流れてきて、宮良川からも流れてきているでしょ。二カ所から潮が流れて、だっと一つになってから、流れてってるわけさ。地盤が、こう、低いさ、昔は。あれが、もう、流れたのが、石垣の馬場か、ああいう施設。あの山の後ろから、流れたもんだから、あれが、スリ山、山の間から、水が、すっと流れたもんだから、スリ山って言ってるわけさ。山を擦っていったもんだから、〔聞き取り不能〕、擦ったという、スリ山という、擦って持っていったと言うことで、スリ山。後ろ。バンナ岳の後ろのほうよ。波が両方かから来たでしょ。波が、一つになって、バンナ岳の後ろからよ、名蔵にぼわっと出て、名蔵の、あっち広いから、於茂登岳の間をね、また、地面が、この、斜めになっているから、名蔵から沖に出てるわけさ。スリ山、擦ってったから、スリ山っていう。で、地形がこういう地形で、同じく、もう、波が、こう、大波で、流れてきたと言うのが、話だったわけです。この先にがね、白保の人が、三名ほど生きている。で、多宇っていう婆ちゃんが、ああ、石垣に、自分の兄さんが、船大工をしているから、朝ご飯を持ってくる。ご飯持ちに、来るときに、夜明けだから、早めに行ったわけさね。昔の人は、歩きだったから、早めにね。そして、途中で、宮良の、ここに、流されて、宮良の後ろに流されて、梯梧の木に、花咲く木に、あの木が、大きな木があったんだよ、あの木の上に、自分の木もの、昔の人は、袴みたいに、これが、カカンと、八重山では袴のことカカンと呼びました。これを、ズボンも何もないでしょう。だから、上から着物付けてから、これを、下はもう女の人カカンを付けてから、この袴が、木の枝、もう、水の上から出てるわけさ、これに引っかかっているわけさ。この自分の袴がね、かかっていて、それで、下に降りてって、捕まって、潮が引くまで、ようやく、助かれたと言うことで、これが一つ〔聞き取り不能〕そしてね、もう一人は、宮良というお爺さんが、昔はね、部落に牛馬を繋いで、ええ、逃げていて、その、人に迷惑するかなと言うことで、畑回りして、この、役をしていたわけさ。畑回りして、牛馬逃げってたら捕まえて、〔聞き取り不能〕この役を言いつけられたわけさ。で、あの人は、朝、もう、四時、五時から起きていたわけさね。行ったところが、昔は、嘉手苅御願と言ったところがありますね。向こうまで行ってる先に、波が来て、隠したらしいんですよ。で、馬に乗ってるから、大丈夫だよっと、やっていたが、馬を止めてから流されないようにやってから、あれ、上に登ってってから、ユウナ森、あの山はね、昔、武士が住んでから、森山という森があるわけ。あのも人にも武士がいたわけ。喧嘩する、有名だよ。約、百キロくらいあるよ。森山っていう森、ヨナ森っていう森。あれで、〔聞き取り不能〕武士だから、弓でもって、戦争していた。五キロくらいある。〔聞き取り不能〕、負けない。一人で、何、自分の家来とか何も入れない。あの人よ、神様だったらしい。神様みたいにしていたらしい。あの人なんか、あとがよ、分からないと言うことで、あとで神のせいだったんだなと言うことで、神様だったんだなと言うことで。神様人間になっているから。ああいうのやっていた。で、あの宮良の爺さんは、ああ、嘉手苅御願の所まで、行ったんですね、津波が来たから。流されて、潮が引いたもんだから、あれの上登ったわけさ。ヨナ森の上に登って、命拾いしたよ。で、命拾いして、やっているうちに、二回も、三回も来て、来るから、潮が満杯になって、爺さんは、私は生き延びたから、大丈夫。流されているから、何がなんだか分からんさ。島もみんな大海になって、波にのまれて、ああいうふうにして、流れたと言うことです。もう一人の爺さんが、あれも、多宇の爺さんであったわけさ、あれもまた、豪傑もので、これこと反対して、ええ、自分は部落にいられんから、出ていくってして、部落の人も、あんたみたいな人はね、白保部落にも釣り合わんから、出てけという、追い出された。あの人がまた、行って、星野部落ってあるでしょ。行ってから、自分で田んぼもして、米を作り、魚も取れるってしていたら、あの爺さんがね、初めて、津波、津波の前のことだよ、これは、あの爺さんが、海に行って、魚取るんで、網を持っていくさ。その網が、言えば、昔は、投げる網ないから、磯でね、〔聞き取り不能〕、網をこう、巻く、巻き網が、したところがね、追い込んだところがね、こっちが、もう、そのままでしょ。波がこっち来るわけ、浅瀬でしょ、磯。網の後に石のせるさ。ゆっくりと回ってくるわけ、回ったところが、潮引いてるときは、浜の下、潮引いてる時は、浜の下の海苔を取るわけ。〔聞き取り不能〕、分かるわけさね。こっちは、どういう魚が来る。これ、研究していた。で、網を巻いたところが、何と言うか分からんけど、例えば、人魚って分かる。それがかかったもんだから、この多宇の爺さんは、あい、今日は、まずらしいの取れたと言ってから、網を外したわけさ。人間になってから、頭、上は人間でしょ。後ろが、魚でしょ。ああいうふうにして、あの人は、女だったらしいです。で、僕を助けてくださいと。僕が捕まったのだから、殺して、〔聞き取り不能〕まあ、僕の言うことはよ、あんたを助けることだからよ、僕を助けて。こういう言葉を聞かす。したら、話す。こっちで、浜で。ええ、あの爺さんが、言うたということでよ、この人魚は、津波が来るから、何月何日に津波が来ると言うこと聞かしたわけさ。あの爺さんがよ、自分一人では、この、大勢の星野部落の中におるわけだから、〔聞き取り不能〕沖縄から来て、〔聞き取り不能〕あの日は、もう山の中さ。〔聞き取り不能〕小さな茅葺きの〔聞き取り不能〕そうして、やってるうちに、人魚が、津波が何月何日だからといって、あの時は、こういう準備で、で、後ろが大きな山だから、この時の朝、四時ごろだから、早く登っているわけさ。山の上登ってるわけさ。波が、侵出してきた。太陽のほうから、押し寄せた、波が。ぶつかって、これから、北に、南に流れた。名蔵湾に出てるわけだ。あの爺さんの前でよ、津波が行ってる。やっぱり、この人魚は、神様だったんだな、運良く、僕を助けたと言うことで、命拾いしたと言うことで、で、爺さんがよ、おい、白保の〔聞き取り不能〕は、みんな死んだでしょ。わったーがいきとんどーと言って、わったーが勝った、勝った、といって、で、沖縄にもあるでしょ。旗の、黒い木があって、こっちでは、マーミンガーといって、マーミンガーというあの芯をね、芯を付けてるさ。これは、葉っぱを広げる、木の葉っぱは、〔聞き取り不能〕ぴっと広げる。芯を切ったんだよ。切ってから、竿の先に、丸い木を切ってきてよ、木の先丸くしてから、今年は、〔聞き取り不能〕だから、ふんどしを巻いて、してから、何、旗振ってね、広げて、これ上げてきたらしい。してから、大声出して、おい、白保の人間〔聞き取り不能〕、と言って、ほらを吹いてきた人がね、白保にいるんで、この人が、悪者だったけどね、この人が助かったと言うんで、この人の幟が、頭であると。今、津波が行った後からはこの人、偉い人になってるわけ。幟を作ったという、頭を作ったという人。あの頭がね、白保では、ええ、昔はね、ええ、何もないから、石で作ったと言うね。〔聞き取り不能〕

再生時間:16:40

民話詳細DATA

レコード番号 47O330410
CD番号 47O33C033
決定題名 明和の大津波(共通語)
話者がつけた題名
話者名 大泊成吉
話者名かな おおどまりせいきち
生年月日 19231019
性別
出身地 白保
記録日 19980906
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T139 白保 A-01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 明和の大津波,地震,人魚
梗概(こうがい) まあ、何年の何月何日か分からんけどね、夜明けの四時、夜明け前だそうです。で、こっちの人、初めてだから、分からんから、朝方、地震が行ってること分らんで、眠ってるわけさ。眠っている。地震が分からない。で、地震が行くのが分らんで、あの時、潮が引いているから、何も分からんさ。で、白保の、東の、宮良と白保の中間の東ですよ。こっちは、今まで、波が荒いですよ。海が深いから。ずっと沖に、何キロかね、ずっと離れているんだけどね。沖から離れているから。あの時の津波が来てね、噴火してから、ぼわっとなっているわけさね。そして、お家ん中、潮が、ぼわっと入るでしょ。バケツん中水さ。ああ、離れてから、入ってから、また出てくるわけ。これが、〔聞き取り不能〕これなんかね、石落としたら、ぼって吹くでしょ。これが、津波だった。ばって破裂して、石落としても、破裂するでしょ。これが三回来たわけさ。三回。で、これで持って、八重山の人は、津波で流された。地盤がね、ある程度、低かった。こういう、地形に応じて、波がこういう流れている。で、宮良川を中心にして、大きな波が流れている。あれから、八重山はもう、北側ね、こう、大里の後ろにね、山があって、星野の間からあ、津波が、流れてて、於茂登岳の前から流れててね、大里の山とね、星野の間がね、星野という部落があるわけだ。この間がね、川があるわけだ。川があるけど、この川がね、ぶつかって於茂登山に。これがね、南に流れたもんだから、於茂登岳の前の〔聞き取り不能〕、やっぱり地形が低かったわけさ。で、これがずっと流れてきて、宮良川からも流れてきているでしょ。二カ所から潮が流れて、だっと一つになってから、流れてってるわけさ。地盤が、こう、低いさ、昔は。あれが、もう、流れたのが、石垣の馬場か、ああいう施設。あの山の後ろから、流れたもんだから、あれが、スリ山、山の間から、水が、すっと流れたもんだから、スリ山って言ってるわけさ。山を擦っていったもんだから、〔聞き取り不能〕、擦ったという、スリ山という、擦って持っていったと言うことで、スリ山。後ろ。バンナ岳の後ろのほうよ。波が両方かから来たでしょ。波が、一つになって、バンナ岳の後ろからよ、名蔵にぼわっと出て、名蔵の、あっち広いから、於茂登岳の間をね、また、地面が、この、斜めになっているから、名蔵から沖に出てるわけさ。スリ山、擦ってったから、スリ山っていう。で、地形がこういう地形で、同じく、もう、波が、こう、大波で、流れてきたと言うのが、話だったわけです。この先にがね、白保の人が、三名ほど生きている。で、多宇っていう婆ちゃんが、ああ、石垣に、自分の兄さんが、船大工をしているから、朝ご飯を持ってくる。ご飯持ちに、来るときに、夜明けだから、早めに行ったわけさね。昔の人は、歩きだったから、早めにね。そして、途中で、宮良の、ここに、流されて、宮良の後ろに流されて、梯梧の木に、花咲く木に、あの木が、大きな木があったんだよ、あの木の上に、自分の木もの、昔の人は、袴みたいに、これが、カカンと、八重山では袴のことカカンと呼びました。これを、ズボンも何もないでしょう。だから、上から着物付けてから、これを、下はもう女の人カカンを付けてから、この袴が、木の枝、もう、水の上から出てるわけさ、これに引っかかっているわけさ。この自分の袴がね、かかっていて、それで、下に降りてって、捕まって、潮が引くまで、ようやく、助かれたと言うことで、これが一つ〔聞き取り不能〕そしてね、もう一人は、宮良というお爺さんが、昔はね、部落に牛馬を繋いで、ええ、逃げていて、その、人に迷惑するかなと言うことで、畑回りして、この、役をしていたわけさ。畑回りして、牛馬逃げってたら捕まえて、〔聞き取り不能〕この役を言いつけられたわけさ。で、あの人は、朝、もう、四時、五時から起きていたわけさね。行ったところが、昔は、嘉手苅御願と言ったところがありますね。向こうまで行ってる先に、波が来て、隠したらしいんですよ。で、馬に乗ってるから、大丈夫だよっと、やっていたが、馬を止めてから流されないようにやってから、あれ、上に登ってってから、ユウナ森、あの山はね、昔、武士が住んでから、森山という森があるわけ。あのも人にも武士がいたわけ。喧嘩する、有名だよ。約、百キロくらいあるよ。森山っていう森、ヨナ森っていう森。あれで、〔聞き取り不能〕武士だから、弓でもって、戦争していた。五キロくらいある。〔聞き取り不能〕、負けない。一人で、何、自分の家来とか何も入れない。あの人よ、神様だったらしい。神様みたいにしていたらしい。あの人なんか、あとがよ、分からないと言うことで、あとで神のせいだったんだなと言うことで、神様だったんだなと言うことで。神様人間になっているから。ああいうのやっていた。で、あの宮良の爺さんは、ああ、嘉手苅御願の所まで、行ったんですね、津波が来たから。流されて、潮が引いたもんだから、あれの上登ったわけさ。ヨナ森の上に登って、命拾いしたよ。で、命拾いして、やっているうちに、二回も、三回も来て、来るから、潮が満杯になって、爺さんは、私は生き延びたから、大丈夫。流されているから、何がなんだか分からんさ。島もみんな大海になって、波にのまれて、ああいうふうにして、流れたと言うことです。もう一人の爺さんが、あれも、多宇の爺さんであったわけさ、あれもまた、豪傑もので、これこと反対して、ええ、自分は部落にいられんから、出ていくってして、部落の人も、あんたみたいな人はね、白保部落にも釣り合わんから、出てけという、追い出された。あの人がまた、行って、星野部落ってあるでしょ。行ってから、自分で田んぼもして、米を作り、魚も取れるってしていたら、あの爺さんがね、初めて、津波、津波の前のことだよ、これは、あの爺さんが、海に行って、魚取るんで、網を持っていくさ。その網が、言えば、昔は、投げる網ないから、磯でね、〔聞き取り不能〕、網をこう、巻く、巻き網が、したところがね、追い込んだところがね、こっちが、もう、そのままでしょ。波がこっち来るわけ、浅瀬でしょ、磯。網の後に石のせるさ。ゆっくりと回ってくるわけ、回ったところが、潮引いてるときは、浜の下、潮引いてる時は、浜の下の海苔を取るわけ。〔聞き取り不能〕、分かるわけさね。こっちは、どういう魚が来る。これ、研究していた。で、網を巻いたところが、何と言うか分からんけど、例えば、人魚って分かる。それがかかったもんだから、この多宇の爺さんは、あい、今日は、まずらしいの取れたと言ってから、網を外したわけさ。人間になってから、頭、上は人間でしょ。後ろが、魚でしょ。ああいうふうにして、あの人は、女だったらしいです。で、僕を助けてくださいと。僕が捕まったのだから、殺して、〔聞き取り不能〕まあ、僕の言うことはよ、あんたを助けることだからよ、僕を助けて。こういう言葉を聞かす。したら、話す。こっちで、浜で。ええ、あの爺さんが、言うたということでよ、この人魚は、津波が来るから、何月何日に津波が来ると言うこと聞かしたわけさ。あの爺さんがよ、自分一人では、この、大勢の星野部落の中におるわけだから、〔聞き取り不能〕沖縄から来て、〔聞き取り不能〕あの日は、もう山の中さ。〔聞き取り不能〕小さな茅葺きの〔聞き取り不能〕そうして、やってるうちに、人魚が、津波が何月何日だからといって、あの時は、こういう準備で、で、後ろが大きな山だから、この時の朝、四時ごろだから、早く登っているわけさ。山の上登ってるわけさ。波が、侵出してきた。太陽のほうから、押し寄せた、波が。ぶつかって、これから、北に、南に流れた。名蔵湾に出てるわけだ。あの爺さんの前でよ、津波が行ってる。やっぱり、この人魚は、神様だったんだな、運良く、僕を助けたと言うことで、命拾いしたと言うことで、で、爺さんがよ、おい、白保の〔聞き取り不能〕は、みんな死んだでしょ。わったーがいきとんどーと言って、わったーが勝った、勝った、といって、で、沖縄にもあるでしょ。旗の、黒い木があって、こっちでは、マーミンガーといって、マーミンガーというあの芯をね、芯を付けてるさ。これは、葉っぱを広げる、木の葉っぱは、〔聞き取り不能〕ぴっと広げる。芯を切ったんだよ。切ってから、竿の先に、丸い木を切ってきてよ、木の先丸くしてから、今年は、〔聞き取り不能〕だから、ふんどしを巻いて、してから、何、旗振ってね、広げて、これ上げてきたらしい。してから、大声出して、おい、白保の人間〔聞き取り不能〕、と言って、ほらを吹いてきた人がね、白保にいるんで、この人が、悪者だったけどね、この人が助かったと言うんで、この人の幟が、頭であると。今、津波が行った後からはこの人、偉い人になってるわけ。幟を作ったという、頭を作ったという人。あの頭がね、白保では、ええ、昔はね、ええ、何もないから、石で作ったと言うね。〔聞き取り不能〕
全体の記録時間数 16:41
物語の時間数 16:40
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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