大泊加那兄弟(共通語)

概要

大泊家の先祖である加那とウムターという兄妹は明和の津波後ナンギリをして強制的に波照間から移らされた。加那には妻がなく、探していたがなかなか見つからなかった。妹のウムターは大変な美人で石垣の役人の賄いをしていた。この役人には本妻も子もあったがウムターは妾となり息子を生んだ。この息子から16代目が話者である。兄の加那はその後百歳まで生きていた為、プャークブヤーと呼ばれた。大泊家は錦芳氏一門に属しており、西表に慶来慶田成用諸という平家の落人である錦芳氏の人の墓があり、四月の清明の時には西表まで拝みに行く。

再生時間:10:29

民話詳細DATA

レコード番号 47O330398
CD番号 47O33C032
決定題名 大泊加那兄弟(共通語)
話者がつけた題名
話者名 大泊信建
話者名かな おおどまりしんけん
生年月日 19220108
性別
出身地 白保
記録日 19980906
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T138 白保 A-03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12,20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 大泊家先祖,ウムター兄妹
梗概(こうがい) 大泊家の先祖である加那とウムターという兄妹は明和の津波後ナンギリをして強制的に波照間から移らされた。加那には妻がなく、探していたがなかなか見つからなかった。妹のウムターは大変な美人で石垣の役人の賄いをしていた。この役人には本妻も子もあったがウムターは妾となり息子を生んだ。この息子から16代目が話者である。兄の加那はその後百歳まで生きていた為、プャークブヤーと呼ばれた。大泊家は錦芳氏一門に属しており、西表に慶来慶田成用諸という平家の落人である錦芳氏の人の墓があり、四月の清明の時には西表まで拝みに行く。
全体の記録時間数 10:32
物語の時間数 10:29
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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