
昔ね、この、親孝行の子供がいましてよ。お母さんはね、亡くなってね、お父さんと息子がね、生活していてね、もうお父さんも体が弱くなってね、働けない。私のお父さんは、こんなに、私を産んでもらったんだが、ああ、こうして、恩返しもできん。今までは、若くもあられますがね、病気で、こんなに、もう、衰えていらっしゃるのは惜しいと言ってよ。子供がね、どうすれば命拾いができるかと、いろいろ薬をあげてもね、まったく、治る可能性がないのでね、私は元気だからよ、私の米を噛んでね、神酒を作ったらしい。このお互い米を噛んでね、この、何か汁が出てきて、上手い、辛い、甘い、この、有るでしょう、この、ジャースタジーと言って、この、八重山の人は、これを、沖縄では何と言うか知りませんがね、この、米を食べたら、汁か、物が出てくる。このジャースタジーよ。あれを、米で噛んだらね、捨ててね、あれを二、三日よ、この米をね、ジャースタジーで、米を噛んで、入れておいたところがよ、発酵してね、あれなんか、私も健康体だからよ、これ開けてみようという事で、御酒になって、これを開けてみようという事がよ、あれ、もう元気になってね、あれから、働いてね、自分を養ってもらったという事で、あれからが、御神酒をね、非常に宝だという事でね、私たちも、この時代はよ、今みたいに、衣・食・住も兼ねていないから、もう、こういう、料理の仕方も分からないからよ、もう、海の魚、タコ、いろいろ来ますがよ。かまぼこの作り道も分からない、という時代でありましたんだがよ、それで、私なんか若い頃はよ、御神酒をね、この、田んぼ、米苅り、田草取り、夏はね、この、御神酒はね、この、水持っていかんでもね、御神酒を持っていけばね、あれ、発酵する、発酵したらよ、腹に飲んだらね、この、ご飯食べなくても、御神酒さえ飲んだらね、非常に元気になるんですよ。田んぼを耕す時、また、米苅り、あの時はね、夏はね、非常に米のお酒、また、芋のお酒ね、粟のお酒、あれでよ、作れますよ。一斗入るよ、瓶にね、田んぼで、まーに持ってってからよ、飲んでがね、田んぼで仕事してからによ、もう、来ました、御酒と言うのはね人間には、非常に、あれしかないと言うことで、神様に、豊年祭はね、必ず、八重山はね、御神酒をね、神様に差し上げて、みんなで飲んでよ、やりますので、御神酒の理由はよ、私が申し上げたように、この、子供がね、自分で米をかんでね、神酒を作ってあげたところが、この親がね、健康になったという御神酒の理由は、分かります。
| レコード番号 | 47O330378 |
|---|---|
| CD番号 | 47O33C030 |
| 決定題名 | 御神酒由来(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 宮良松 |
| 話者名かな | みやらまつ |
| 生年月日 | 19031019 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 白保 |
| 記録日 | 19970912 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | T136 白保 A-02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 30,80 |
| 発句(ほっく) | むかしね |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 御神酒,孝行息子,健康 |
| 梗概(こうがい) | 昔ね、この、親孝行の子供がいましてよ。お母さんはね、亡くなってね、お父さんと息子がね、生活していてね、もうお父さんも体が弱くなってね、働けない。私のお父さんは、こんなに、私を産んでもらったんだが、ああ、こうして、恩返しもできん。今までは、若くもあられますがね、病気で、こんなに、もう、衰えていらっしゃるのは惜しいと言ってよ。子供がね、どうすれば命拾いができるかと、いろいろ薬をあげてもね、まったく、治る可能性がないのでね、私は元気だからよ、私の米を噛んでね、神酒を作ったらしい。このお互い米を噛んでね、この、何か汁が出てきて、上手い、辛い、甘い、この、有るでしょう、この、ジャースタジーと言って、この、八重山の人は、これを、沖縄では何と言うか知りませんがね、この、米を食べたら、汁か、物が出てくる。このジャースタジーよ。あれを、米で噛んだらね、捨ててね、あれを二、三日よ、この米をね、ジャースタジーで、米を噛んで、入れておいたところがよ、発酵してね、あれなんか、私も健康体だからよ、これ開けてみようという事で、御酒になって、これを開けてみようという事がよ、あれ、もう元気になってね、あれから、働いてね、自分を養ってもらったという事で、あれからが、御神酒をね、非常に宝だという事でね、私たちも、この時代はよ、今みたいに、衣・食・住も兼ねていないから、もう、こういう、料理の仕方も分からないからよ、もう、海の魚、タコ、いろいろ来ますがよ。かまぼこの作り道も分からない、という時代でありましたんだがよ、それで、私なんか若い頃はよ、御神酒をね、この、田んぼ、米苅り、田草取り、夏はね、この、御神酒はね、この、水持っていかんでもね、御神酒を持っていけばね、あれ、発酵する、発酵したらよ、腹に飲んだらね、この、ご飯食べなくても、御神酒さえ飲んだらね、非常に元気になるんですよ。田んぼを耕す時、また、米苅り、あの時はね、夏はね、非常に米のお酒、また、芋のお酒ね、粟のお酒、あれでよ、作れますよ。一斗入るよ、瓶にね、田んぼで、まーに持ってってからよ、飲んでがね、田んぼで仕事してからによ、もう、来ました、御酒と言うのはね人間には、非常に、あれしかないと言うことで、神様に、豊年祭はね、必ず、八重山はね、御神酒をね、神様に差し上げて、みんなで飲んでよ、やりますので、御神酒の理由はよ、私が申し上げたように、この、子供がね、自分で米をかんでね、神酒を作ってあげたところが、この親がね、健康になったという御神酒の理由は、分かります。 |
| 全体の記録時間数 | 5:11 |
| 物語の時間数 | 5:10 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |