ビルカメ御嶽由来(共通語)

概要

これはですね、昔よ、西瓦(インノーラ)と東瓦(アンノーラ)がですね、兄弟であられたそうです。それでよ、昔は、ずっと、遠い所によ、この、なかだけとか、かたふたとかそういうところに、住んでいらっしゃったんだがよ。あちらは我が強くてね、是非人間もね、海の魚とか海草、それとか、この、ああいうものとか、貝殻とか食べなければ、生きられんから、是非ね、これは、海のそばじゃないといけないから、この、昔はですね、牧場。牛を養うね、広い牧場。大浜牧場、宮良牧場、白保牧場、ゆうな牧場、金武部牧場、伊原間牧場、平久保牧場、といってよ、裏石垣でも、川平牧場、崎枝牧場、桴海牧場、みんな各字に牧場があったわけ。この牧場と言うものはですよ、昔八重山にはですね、コビト山と言うのがありましてですね、そこが、猪の住むところでよ、あれはもう、昼は寝て、夜は作物を荒らすんだから。もう、夜はみんな荒らすんだから、作って、〔聞き取り不能〕今みたいに、〔聞き取り不能〕へらでも、木で作ってよ、あれで、が、畑ん中ついて、この、作物をつけて、食べた時代だからよ。こんな、苦労したものを、全部猪が食べるんだから、これは、もう猪の垣を作ってね、これを、もう、やらなきゃ大変だと言うことで、この、広い牧場、大浜牧場、宮良牧場各字によ、四箇でも、もう全部牧場だったわけ。これはですね。本当は、猪、猪垣ですよ。これはね、猪垣ですよ。これ、猪のですね、おうたら飛び越えるんだがよ。自分の垣根では、飛び越えないですよ。だからよ、この西瓦と東瓦は、兄弟でよ。これは、お互い子供も多いしね、今度、このシシ垣を造らなければいけんと言うことで、今度は、この、西瓦は、この、宮良川。宮良川に、今も、〔聞き取り不能〕宮良橋から西に、煙突が二本立っているのお分かりでしょうかね。これは、八重山、〔聞き取り不能〕拝所のね、煙突だから、あれが立ったとき、もう倒産しましたがね。あれの、その、煙突の上の天辺のほうよ。宮良川。それの西、下側よ。石垣を積んで、西瓦は、これを積んでね、ずっと今、この八重山で、まあ、新空港の問題で、騒いでおる、この、マキナカ。あれをね、ずっと上に行って、仲嵩という御嶽がありますけど、あれの前に行って、宮良川から、この部落も、そうでしてね、石垣を積んで、あれから東に持ってくる。今度は、白保の東瓦は、〔聞き取り不能〕の木の、ずっと南の、東から、梅垣からですね、ここに、網かき原、というところがありますがね。ここから、東瓦は石を積んでね、西に来て、この、〔聞き取り不能〕からの、南から来てよ。この、飛行場からにしに来て、南に行って、この、〔聞き取り不能〕この、仲嵩御嶽の東から行って、仲嵩の東。西瓦は西から進んでくる。東瓦は東から進んできて、猪垣をね、もう、ここで、できたわけ。そこでよ、そこに、落成式をしたところがね、ここに、この、御嶽があるよ。おお、なんていう御嶽かね、あれは、御嶽。あそこにね、この、西瓦と東瓦を結んで、ここで落成式をすると言うことでよ。ここに、御嶽を信じてよ、今までも、宮良の人が、〔聞き取り不能〕あれをですね、猪、ええ、もう、あれから亡くなるしね。あれ、それでよ、あれから、もうここはね、全部、猪は来なかったんです。あれから、ここはね。そうして、あれから外はね、全部、もう、この、八重山、人口が少ないから、この、おお、今の海南河原とかね、あの変は、まったく、人がいないから、この、米を刈るね、昔の米刈りは、一気ですよ。一気でよ、丁度。〔中断〕

再生時間:5:49

民話詳細DATA

レコード番号 47O330256
CD番号 47O33C019
決定題名 ビルカメ御嶽由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 宮良松
話者名かな みやらまつ
生年月日 19031019
性別
出身地 白保
記録日 19960913
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T127 白保 B-09
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12,20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 西瓦,東瓦,シシガキ,御嶽
梗概(こうがい) これはですね、昔よ、西瓦(インノーラ)と東瓦(アンノーラ)がですね、兄弟であられたそうです。それでよ、昔は、ずっと、遠い所によ、この、なかだけとか、かたふたとかそういうところに、住んでいらっしゃったんだがよ。あちらは我が強くてね、是非人間もね、海の魚とか海草、それとか、この、ああいうものとか、貝殻とか食べなければ、生きられんから、是非ね、これは、海のそばじゃないといけないから、この、昔はですね、牧場。牛を養うね、広い牧場。大浜牧場、宮良牧場、白保牧場、ゆうな牧場、金武部牧場、伊原間牧場、平久保牧場、といってよ、裏石垣でも、川平牧場、崎枝牧場、桴海牧場、みんな各字に牧場があったわけ。この牧場と言うものはですよ、昔八重山にはですね、コビト山と言うのがありましてですね、そこが、猪の住むところでよ、あれはもう、昼は寝て、夜は作物を荒らすんだから。もう、夜はみんな荒らすんだから、作って、〔聞き取り不能〕今みたいに、〔聞き取り不能〕へらでも、木で作ってよ、あれで、が、畑ん中ついて、この、作物をつけて、食べた時代だからよ。こんな、苦労したものを、全部猪が食べるんだから、これは、もう猪の垣を作ってね、これを、もう、やらなきゃ大変だと言うことで、この、広い牧場、大浜牧場、宮良牧場各字によ、四箇でも、もう全部牧場だったわけ。これはですね。本当は、猪、猪垣ですよ。これはね、猪垣ですよ。これ、猪のですね、おうたら飛び越えるんだがよ。自分の垣根では、飛び越えないですよ。だからよ、この西瓦と東瓦は、兄弟でよ。これは、お互い子供も多いしね、今度、このシシ垣を造らなければいけんと言うことで、今度は、この、西瓦は、この、宮良川。宮良川に、今も、〔聞き取り不能〕宮良橋から西に、煙突が二本立っているのお分かりでしょうかね。これは、八重山、〔聞き取り不能〕拝所のね、煙突だから、あれが立ったとき、もう倒産しましたがね。あれの、その、煙突の上の天辺のほうよ。宮良川。それの西、下側よ。石垣を積んで、西瓦は、これを積んでね、ずっと今、この八重山で、まあ、新空港の問題で、騒いでおる、この、マキナカ。あれをね、ずっと上に行って、仲嵩という御嶽がありますけど、あれの前に行って、宮良川から、この部落も、そうでしてね、石垣を積んで、あれから東に持ってくる。今度は、白保の東瓦は、〔聞き取り不能〕の木の、ずっと南の、東から、梅垣からですね、ここに、網かき原、というところがありますがね。ここから、東瓦は石を積んでね、西に来て、この、〔聞き取り不能〕からの、南から来てよ。この、飛行場からにしに来て、南に行って、この、〔聞き取り不能〕この、仲嵩御嶽の東から行って、仲嵩の東。西瓦は西から進んでくる。東瓦は東から進んできて、猪垣をね、もう、ここで、できたわけ。そこでよ、そこに、落成式をしたところがね、ここに、この、御嶽があるよ。おお、なんていう御嶽かね、あれは、御嶽。あそこにね、この、西瓦と東瓦を結んで、ここで落成式をすると言うことでよ。ここに、御嶽を信じてよ、今までも、宮良の人が、〔聞き取り不能〕あれをですね、猪、ええ、もう、あれから亡くなるしね。あれ、それでよ、あれから、もうここはね、全部、猪は来なかったんです。あれから、ここはね。そうして、あれから外はね、全部、もう、この、八重山、人口が少ないから、この、おお、今の海南河原とかね、あの変は、まったく、人がいないから、この、米を刈るね、昔の米刈りは、一気ですよ。一気でよ、丁度。〔中断〕
全体の記録時間数 6:18
物語の時間数 5:49
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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