継子の井戸掘り(共通語)

概要

これ、昨日話さなかった。これはね、この、言うと沖縄でも、九月九日は、八重山は、白保はですね。菊。酒に菊のはっぱ浮かべて、このお酒に、あげて。神様にあげて、今もね、菊酒を飲むんですよ。招待します。あれと、お母さん、継子ね。あれは、〔聞き取り不能〕なっております。昔ね、皆さんも女ですから、こう言う女はあれです。私が申し上げたように、立派なお母さんもいれば、また、継お母さんと、継子のように、欲から出た、嫉妬から出たね、悪の話もあるんです。あの話をそれじゃ、してあげましょう。昔ですね、この、タイシュンと言う男の子が生まれてですね、お父さん、お母さんに育てられてですね、非常に体もいいし、頭もいいと言うことで、タイシュンと言う男の子が生まれたそうです。それでね、生まれて、小学校、〔聞き取り不能〕学校あったかなかったか分かりませんが、この大きくなってくるときに、タイシュンという子の、お母さんが、病気で亡くなられたそうです。亡くなられてと言うことで、タイシュンのお父さんは、タイシュンが大きくなるということで、是非、この、女がいなければね、炊事もできないし、掃除もできないからということでね、この後妻をね、タイシュンのお母さんが亡くなったので、この後妻をね、求めてね、いらしゃったらしい。それで、この、タイシュンがね、生まれたお母さんに似てね、正直でね、孝行尽くしておったそうです。それが、継お母さんと言う人は、非常にいいきうすで、いいきうすでありましたがですね、継お母さんがね、「私はこの人の後妻でね、こんなに、〔聞き取り不能〕になってきておりますが、私が子を生んだらですね、この、これが、タイシュンだから、いえ、長男だから、あれがみんな財産取ったらよ、私の生む子がね、財産もなくなるしね、私もどうなるか分からんからね、それだけは、わたしも、おお、この後ね、どうなるか分からんから、これを殺さなくてはいけん。」と言うことで、ええ、もう、こう、謀を終わってですね、「タイシュン君、あなたは体もいいしね、親孝行であるけれども、家には井戸もないしね、井戸は〔聞き取り不能〕まだ、生活もしてるんだから、あなたは体もいいんだから。」
と言うことで、子の、継お母さんが話したら、「じゃあ、また掘ります。」と言うことで、掘っておる後ろですね、丁度、一メートル、二メートル掘ってね、タイシュンが掘っておる後ろに、今度上からですね、神様みたいな人が、いらっしゃってですね、「タイシュン、よく頑張っているね。もう、はい、よく、うんと頑張れよ。」と言うので、「はい。お母さんがこんなに井戸を掘れと言う、おお、教えで、今頑張っております。」と、タイシュンが言ってですね、おるうちに、神様が、「あんた、この井戸というのは、逃げるところもないから、上からね、石が落ちてきたら、そのままね、埋もれて、あなた、死ぬから、あなた、自分の〔聞き取り不能〕でね、詰めて、掘ってたらね、横穴。上からね、石が落ちてきたらね、隠れるようなね、横穴を掘っておけばね、上から石が落ちてきてもね、ここに、おお、隠れるものがあるから、もう、自分の力で掘ったら、横穴もね、あんた掘りなさいよ。」と話してくれて、「はい。」と言ってね、穴を掘って
、また、あれから下に掘ってね、また、横にも穴を掘って、掘っておるうちにですね、この、上からですね、大きい石が落ちてきたらしい。落ちてきたからよ、これの、横穴に隠れて、「この神様は、私を助けるために、こんなに、教えてくれたんだね。ありがたい。この、石から免れて、命拾いした。」と言うことでですね、あれからまた、落ちた石を横の穴に入れてよ、浮き上がってね、おお、したらしい。してから、継お母さんがよ、「ああ、これはもう、こんなに、石落としてもよ、やあ、こんなに、なかなか死ぬもんじゃない。こんなに石落としても、これ、〔聞き取り不能〕少しでも、これ、殺せないからね、もう、これでは駄目だ。」ということで、「どうすれば、この子が殺せるか。」ということで、悪意をまた、企てたということです。それで、今度はですね、お母さんがまた、「あなたは体もいいし、頭もいいから、勉強やってよ、偉い人になれ。」と言うことでよ、「それじゃあ、私が勉強室を作ってあげるから、この勉強室でね、勉強
して、もう、偉い人になれよ。」と言うことで、「はい。」と言うことで、また、勉強教室を作ってもらったらしい。その勉強室がですね、丁度、一つだけがよ、出入り口でよ、〔聞き取り不能〕でよ、人一人しか入れないところでよ、勉強室作ってあったので、もう、タイシュンは分けも分らんで、勉強しておるときに、丁度また、あの神様がいらっしゃって、「タイシュン、よく頑張っておるね。あなたは、掘る井戸の時も、あんなに、難を逃れて、また今度は、家にね、出口が一つあるので、万が一、〔聞き取り不能〕火が、伝ってきたときには、もう、逃げるところがないから、そのまま焼かれて死ぬんだから、この私がね、あなたのために、傘を持ってきておるんだから、この傘をね、絶対に、勉強の合間でも、〔聞き取り不能〕ここにおるときは、自分のそばにおいて、万が一、この家が焼けた場合には、あなたは焼け死にするから、この、天に向かう傘がありますから、あの傘、絶対に、離さんで、この、捕まえて、おお、天に昇ってね、どこへでも行ければね、命拾いできるから、絶対に手から離すなよ。」と言って、「風が起こった晩には、離すなよ。」と言ったので、「はい、それじゃ、分かりました。」ということで。入り口に、今度は、入り口に火が上って来たということで、火がまた燃えてきたので、「これは大変だ。」と言うことで、焼かれてしまわないうちに、神様がおっしゃった、ああ、幸いに、神様がね、私にこの傘を持って、もう、この、火の勢いで、ぱあっと上がってね、上から昇ってですね、これなんか、手を離さんでよ、もう、おったらよ、この風の勢いで、南に流れてね、行ったらしい。行ってね、この、行って、無人島に着いたらしい。無人島に着きましたので、「ああ、良かった、命拾いができた。」と言って、ああこの無人島におってですね、「ここは、人がおるところか、また、人殺しがおるか分からんから。」ということで、入ったらもう、この、川もありね、芋とかね、この、フーチバー。よもぎ、あれ、菊ですね。あれなんかが咲いてね、すばらしく咲いてね、「ああ良かった。〔聞き取り不能〕こんなに、焼け死にになるのが、神様のお陰で、〔聞き取り不能〕こんなにきれ、ああ本当に有り難い。」と言って、芋の根っ子を掘って食べてね、もう、いろいろな果物を取って食べて、〔聞き取り不能〕流れてですね、「私一人では、ここでは、暮らされんから、ああ、この、〔聞き取り不能〕に行ければいい。」と言うことで、どうすればいいかなと言うことでですね、いろいろと勉強しておるうちにね、この菊、見事に菊があったからね、あるのでね、 (テープ切れ)あれがもうあちこちに流れていったらしいです。それが、幸いによ、この、〔聞き取り不能〕あちらには、この、漁民が網で、魚を取るのによ、網で、この、〔聞き取り不能〕「タイシュンが、焼け死にしていたと思ったらよ、不思議だね、この、命があるから、タイシュンにとって、菊の葉っぱにタイシュンとこんなに関り合って、こんな、どこかにおるんだ。」と言うことで、家に帰ってですね、このタイシュンのお父さんによ、「この菊のはによ、タイシュンと書かれてあるんだが、このどこかの島によ、タイシュンがおるはずだから,この、捜してください。」ってよ、それじゃ、ありがとうと言ってよ、あれから、タイシュンのお父さんは、船をこしらえて、今度は、誰が、どこの島におるかも分らんと言うので、丁度今頃、もう、タカが、沖縄、宮古、多良間から来る。あの頃だったですよ。だからよ、このタイシュンのお父さんが、このタカに頼ってよ、「私の子はね、こんなに、火事でよ、焼け死んだと思っていたらよ、どこかの島におるはずだから、私はもう探しておるのだから、タカさん、あなたは、どこの島にも、降りることができますから、この、探してもらえませんか。」と、タイシュンのお父さんが話しましたら、「それじゃ、ありがとう。」ということで、「自分が探してあげる。」ということで、タカが言ってですね、あれを見たらしい。「島だ。」ということで、はっきり分かったので、あれから、タカが来て、お父さんによ、「私が記してあげますから。」ということで、だから、お父さんはね、自分のこしらえた船でね、タカの後を追ってですね、そして、あれ、タイシュンを自分の背中に乗せて家に帰ったんですけれど、それでね、あの時、あちらにあった菊、芋を持ってきてね、この命拾いしたと言うことでですね、この、九月九日は神様に、ええ、この菊にね、タイシュンみたいに正直で、こんなに災難、この井戸を掘ってのしくじり、また、この、命拾いした、あれでね、タイシュンみたいに、運良く、島で暮らせるようにとね、九月九日はね、白保ではね、この、芋。芋を煮てね、神様に付け、菊の葉っぱをですね、端に付けてよ、タイシュンみたいに健康で、正直にね、人間は頑張りなさよということでね、九月九日は、菊酒と、芋、芋はね、神様に付けて拝んでおります。これ、昔ね、あの本はなくなったのを、惜しんでおりますが、登野城のですね、初めは、我那覇盛況と言いましたか。この後は、孫、孫、この人とはね、非常に仲が良かったんだが、亡くなってね、出した本がですね、私に、あの本の中にありました。あの本がですね。孫なんかが持っていったか、あの本もなくなっているさ。あれはね、白保の小学校の教頭もしておってね、今もいませんがね。また、あれは、退職してよ、私の田んぼのそばによ、米も作ってよ、非常に熱心な方でありましたがよ、もう、亡くなって、本当に惜しいです。孫恭さんから聞いたと言うことですね。〕はい。

再生時間:13:26

民話詳細DATA

レコード番号 47O330247
CD番号 47O33C019
決定題名 継子の井戸掘り(共通語)
話者がつけた題名
話者名 宮良松
話者名かな みやらまつ
生年月日 19031019
性別
出身地 白保
記録日 19960913
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T127 白保 A-05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 聴く語る創る第10号特集石垣島の民話 沖縄伝承話資料センター編 日本民話の会・発行発売P110 八重山諸島民話集 遠藤庄治P89
キーワード 継子,継母,井戸掘り,タイシュン,傘
梗概(こうがい) これ、昨日話さなかった。これはね、この、言うと沖縄でも、九月九日は、八重山は、白保はですね。菊。酒に菊のはっぱ浮かべて、このお酒に、あげて。神様にあげて、今もね、菊酒を飲むんですよ。招待します。あれと、お母さん、継子ね。あれは、〔聞き取り不能〕なっております。昔ね、皆さんも女ですから、こう言う女はあれです。私が申し上げたように、立派なお母さんもいれば、また、継お母さんと、継子のように、欲から出た、嫉妬から出たね、悪の話もあるんです。あの話をそれじゃ、してあげましょう。昔ですね、この、タイシュンと言う男の子が生まれてですね、お父さん、お母さんに育てられてですね、非常に体もいいし、頭もいいと言うことで、タイシュンと言う男の子が生まれたそうです。それでね、生まれて、小学校、〔聞き取り不能〕学校あったかなかったか分かりませんが、この大きくなってくるときに、タイシュンという子の、お母さんが、病気で亡くなられたそうです。亡くなられてと言うことで、タイシュンのお父さんは、タイシュンが大きくなるということで、是非、この、女がいなければね、炊事もできないし、掃除もできないからということでね、この後妻をね、タイシュンのお母さんが亡くなったので、この後妻をね、求めてね、いらしゃったらしい。それで、この、タイシュンがね、生まれたお母さんに似てね、正直でね、孝行尽くしておったそうです。それが、継お母さんと言う人は、非常にいいきうすで、いいきうすでありましたがですね、継お母さんがね、「私はこの人の後妻でね、こんなに、〔聞き取り不能〕になってきておりますが、私が子を生んだらですね、この、これが、タイシュンだから、いえ、長男だから、あれがみんな財産取ったらよ、私の生む子がね、財産もなくなるしね、私もどうなるか分からんからね、それだけは、わたしも、おお、この後ね、どうなるか分からんから、これを殺さなくてはいけん。」と言うことで、ええ、もう、こう、謀を終わってですね、「タイシュン君、あなたは体もいいしね、親孝行であるけれども、家には井戸もないしね、井戸は〔聞き取り不能〕まだ、生活もしてるんだから、あなたは体もいいんだから。」 と言うことで、子の、継お母さんが話したら、「じゃあ、また掘ります。」と言うことで、掘っておる後ろですね、丁度、一メートル、二メートル掘ってね、タイシュンが掘っておる後ろに、今度上からですね、神様みたいな人が、いらっしゃってですね、「タイシュン、よく頑張っているね。もう、はい、よく、うんと頑張れよ。」と言うので、「はい。お母さんがこんなに井戸を掘れと言う、おお、教えで、今頑張っております。」と、タイシュンが言ってですね、おるうちに、神様が、「あんた、この井戸というのは、逃げるところもないから、上からね、石が落ちてきたら、そのままね、埋もれて、あなた、死ぬから、あなた、自分の〔聞き取り不能〕でね、詰めて、掘ってたらね、横穴。上からね、石が落ちてきたらね、隠れるようなね、横穴を掘っておけばね、上から石が落ちてきてもね、ここに、おお、隠れるものがあるから、もう、自分の力で掘ったら、横穴もね、あんた掘りなさいよ。」と話してくれて、「はい。」と言ってね、穴を掘って 、また、あれから下に掘ってね、また、横にも穴を掘って、掘っておるうちにですね、この、上からですね、大きい石が落ちてきたらしい。落ちてきたからよ、これの、横穴に隠れて、「この神様は、私を助けるために、こんなに、教えてくれたんだね。ありがたい。この、石から免れて、命拾いした。」と言うことでですね、あれからまた、落ちた石を横の穴に入れてよ、浮き上がってね、おお、したらしい。してから、継お母さんがよ、「ああ、これはもう、こんなに、石落としてもよ、やあ、こんなに、なかなか死ぬもんじゃない。こんなに石落としても、これ、〔聞き取り不能〕少しでも、これ、殺せないからね、もう、これでは駄目だ。」ということで、「どうすれば、この子が殺せるか。」ということで、悪意をまた、企てたということです。それで、今度はですね、お母さんがまた、「あなたは体もいいし、頭もいいから、勉強やってよ、偉い人になれ。」と言うことでよ、「それじゃあ、私が勉強室を作ってあげるから、この勉強室でね、勉強 して、もう、偉い人になれよ。」と言うことで、「はい。」と言うことで、また、勉強教室を作ってもらったらしい。その勉強室がですね、丁度、一つだけがよ、出入り口でよ、〔聞き取り不能〕でよ、人一人しか入れないところでよ、勉強室作ってあったので、もう、タイシュンは分けも分らんで、勉強しておるときに、丁度また、あの神様がいらっしゃって、「タイシュン、よく頑張っておるね。あなたは、掘る井戸の時も、あんなに、難を逃れて、また今度は、家にね、出口が一つあるので、万が一、〔聞き取り不能〕火が、伝ってきたときには、もう、逃げるところがないから、そのまま焼かれて死ぬんだから、この私がね、あなたのために、傘を持ってきておるんだから、この傘をね、絶対に、勉強の合間でも、〔聞き取り不能〕ここにおるときは、自分のそばにおいて、万が一、この家が焼けた場合には、あなたは焼け死にするから、この、天に向かう傘がありますから、あの傘、絶対に、離さんで、この、捕まえて、おお、天に昇ってね、どこへでも行ければね、命拾いできるから、絶対に手から離すなよ。」と言って、「風が起こった晩には、離すなよ。」と言ったので、「はい、それじゃ、分かりました。」ということで。入り口に、今度は、入り口に火が上って来たということで、火がまた燃えてきたので、「これは大変だ。」と言うことで、焼かれてしまわないうちに、神様がおっしゃった、ああ、幸いに、神様がね、私にこの傘を持って、もう、この、火の勢いで、ぱあっと上がってね、上から昇ってですね、これなんか、手を離さんでよ、もう、おったらよ、この風の勢いで、南に流れてね、行ったらしい。行ってね、この、行って、無人島に着いたらしい。無人島に着きましたので、「ああ、良かった、命拾いができた。」と言って、ああこの無人島におってですね、「ここは、人がおるところか、また、人殺しがおるか分からんから。」ということで、入ったらもう、この、川もありね、芋とかね、この、フーチバー。よもぎ、あれ、菊ですね。あれなんかが咲いてね、すばらしく咲いてね、「ああ良かった。〔聞き取り不能〕こんなに、焼け死にになるのが、神様のお陰で、〔聞き取り不能〕こんなにきれ、ああ本当に有り難い。」と言って、芋の根っ子を掘って食べてね、もう、いろいろな果物を取って食べて、〔聞き取り不能〕流れてですね、「私一人では、ここでは、暮らされんから、ああ、この、〔聞き取り不能〕に行ければいい。」と言うことで、どうすればいいかなと言うことでですね、いろいろと勉強しておるうちにね、この菊、見事に菊があったからね、あるのでね、 (テープ切れ)あれがもうあちこちに流れていったらしいです。それが、幸いによ、この、〔聞き取り不能〕あちらには、この、漁民が網で、魚を取るのによ、網で、この、〔聞き取り不能〕「タイシュンが、焼け死にしていたと思ったらよ、不思議だね、この、命があるから、タイシュンにとって、菊の葉っぱにタイシュンとこんなに関り合って、こんな、どこかにおるんだ。」と言うことで、家に帰ってですね、このタイシュンのお父さんによ、「この菊のはによ、タイシュンと書かれてあるんだが、このどこかの島によ、タイシュンがおるはずだから,この、捜してください。」ってよ、それじゃ、ありがとうと言ってよ、あれから、タイシュンのお父さんは、船をこしらえて、今度は、誰が、どこの島におるかも分らんと言うので、丁度今頃、もう、タカが、沖縄、宮古、多良間から来る。あの頃だったですよ。だからよ、このタイシュンのお父さんが、このタカに頼ってよ、「私の子はね、こんなに、火事でよ、焼け死んだと思っていたらよ、どこかの島におるはずだから、私はもう探しておるのだから、タカさん、あなたは、どこの島にも、降りることができますから、この、探してもらえませんか。」と、タイシュンのお父さんが話しましたら、「それじゃ、ありがとう。」ということで、「自分が探してあげる。」ということで、タカが言ってですね、あれを見たらしい。「島だ。」ということで、はっきり分かったので、あれから、タカが来て、お父さんによ、「私が記してあげますから。」ということで、だから、お父さんはね、自分のこしらえた船でね、タカの後を追ってですね、そして、あれ、タイシュンを自分の背中に乗せて家に帰ったんですけれど、それでね、あの時、あちらにあった菊、芋を持ってきてね、この命拾いしたと言うことでですね、この、九月九日は神様に、ええ、この菊にね、タイシュンみたいに正直で、こんなに災難、この井戸を掘ってのしくじり、また、この、命拾いした、あれでね、タイシュンみたいに、運良く、島で暮らせるようにとね、九月九日はね、白保ではね、この、芋。芋を煮てね、神様に付け、菊の葉っぱをですね、端に付けてよ、タイシュンみたいに健康で、正直にね、人間は頑張りなさよということでね、九月九日は、菊酒と、芋、芋はね、神様に付けて拝んでおります。これ、昔ね、あの本はなくなったのを、惜しんでおりますが、登野城のですね、初めは、我那覇盛況と言いましたか。この後は、孫、孫、この人とはね、非常に仲が良かったんだが、亡くなってね、出した本がですね、私に、あの本の中にありました。あの本がですね。孫なんかが持っていったか、あの本もなくなっているさ。あれはね、白保の小学校の教頭もしておってね、今もいませんがね。また、あれは、退職してよ、私の田んぼのそばによ、米も作ってよ、非常に熱心な方でありましたがよ、もう、亡くなって、本当に惜しいです。孫恭さんから聞いたと言うことですね。〕はい。
全体の記録時間数 16:25
物語の時間数 13:26
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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