明和の大津波(共通語)

概要

白保の人が野原に行き、人魚に津波が来ることを教えられた。そのため、白保ではその人だけ助かった。その人が津波から助かったとういことで、旗頭を作った。それは、マーニ(竹だと思う)の先がとがっているのを利用して、その先に三角のものをつけて作ったもので、今でも公民館にあるらしい。また、もう一つの話では、木に服が引っかかって助かったらしい。津波で陸に流されたガラ石という高さ3~5m、幅5m位の石が轟川から流れて、奥のほうにあるらしい。千人墓という所があるが、そこは津波のために亡くなった人の骨を大きな石の下に葬っているらしいが、今は土地改良されているらしい。嘉手苅の北にあるそうだ。

再生時間:9:40

民話詳細DATA

レコード番号 47O330152
CD番号 47O33C011
決定題名 明和の大津波(共通語)
話者がつけた題名
話者名 前盛松
話者名かな まえもりまつ
生年月日 19060129
性別
出身地 白保
記録日 19960912
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 T121 白保 B-09
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 人魚,津波,白保の人
梗概(こうがい) 白保の人が野原に行き、人魚に津波が来ることを教えられた。そのため、白保ではその人だけ助かった。その人が津波から助かったとういことで、旗頭を作った。それは、マーニ(竹だと思う)の先がとがっているのを利用して、その先に三角のものをつけて作ったもので、今でも公民館にあるらしい。また、もう一つの話では、木に服が引っかかって助かったらしい。津波で陸に流されたガラ石という高さ3~5m、幅5m位の石が轟川から流れて、奥のほうにあるらしい。千人墓という所があるが、そこは津波のために亡くなった人の骨を大きな石の下に葬っているらしいが、今は土地改良されているらしい。嘉手苅の北にあるそうだ。
全体の記録時間数 9:51
物語の時間数 9:40
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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