猿と米の音(共通語)

概要

平得村に私どもが小さいころも戦後までもその屋敷はあったよ。周囲が大きな石垣で囲まれて中は大きな木なんか生い茂ってね、昼でも向こうに入るの怖かった。それが昔(むかつ)のウラッツァー(屋号)の屋敷で、その屋敷に大変仲の良いお爺さんとお婆さんが住んでおられたけども、そのお爺さんと婆さんの中には肝心な子供がいなかったと。それで、お爺さんと婆さんは、自分の子供みたいに猿を養っていたと。この猿には婆さんも爺さんも、自分の子供に話するみたいに話をされるから、口はきけなくても、猿はみんな聞いていて、「だあ、あれしなさい、これしなさい。」って言ったら、「きゃっきゃっきゃっ。」と喜んで、爺さんの言うことも婆さんの言うこともよく聞いたと。この婆さんがご飯を炊くときに、昔はこう升ではかったか手ではかったかはわからんけども、こうして鍋に米を入れる時にね、こうして、ざぶっと入ると、一回しか音していないよね。そしたら猿は、「これじゃあ少ない。」と請求する。その家はそんなに裕福でもなかったんじゃない。婆さんはだから今度は手で掬ってよ、こうしてざあっと少しずつ落とすとたくさんの音がするでしょ。そうすると同じ量なのに猿は、「たくさん食べられる。」ってはしゃいで喜んで、また婆さんが頼むと、洗濯物も取り込むだりして、大変な親孝行の絆があって、どのくらい生きていたかはわからんけれども、猿と爺ちゃん婆ちゃんは、いい家庭を築いて持っていたいう話があるわけよ。これは、ウラッツァーだから、宇里(おーりゃー)の家でしょ。その家は産業道路の裏だったが、今は空き屋敷になってる。

再生時間:3:47

民話詳細DATA

レコード番号 47O341162
CD番号 47O34C090
決定題名 猿と米の音(共通語)
話者がつけた題名
話者名 田本浩
話者名かな たもとひろし
生年月日 19240726
性別
出身地 沖縄県石垣市字平得
記録日 19970912
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市平得 T69 B03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 13
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 石垣島の民話 P239
キーワード 平得村,屋敷,怖かった,ウラッツァー,お爺さん,お婆さん,子供,猿,ご飯,炊く,鍋,米,親孝行,絆,宇里,おーりゃー
梗概(こうがい) 平得村に私どもが小さいころも戦後までもその屋敷はあったよ。周囲が大きな石垣で囲まれて中は大きな木なんか生い茂ってね、昼でも向こうに入るの怖かった。それが昔(むかつ)のウラッツァー(屋号)の屋敷で、その屋敷に大変仲の良いお爺さんとお婆さんが住んでおられたけども、そのお爺さんと婆さんの中には肝心な子供がいなかったと。それで、お爺さんと婆さんは、自分の子供みたいに猿を養っていたと。この猿には婆さんも爺さんも、自分の子供に話するみたいに話をされるから、口はきけなくても、猿はみんな聞いていて、「だあ、あれしなさい、これしなさい。」って言ったら、「きゃっきゃっきゃっ。」と喜んで、爺さんの言うことも婆さんの言うこともよく聞いたと。この婆さんがご飯を炊くときに、昔はこう升ではかったか手ではかったかはわからんけども、こうして鍋に米を入れる時にね、こうして、ざぶっと入ると、一回しか音していないよね。そしたら猿は、「これじゃあ少ない。」と請求する。その家はそんなに裕福でもなかったんじゃない。婆さんはだから今度は手で掬ってよ、こうしてざあっと少しずつ落とすとたくさんの音がするでしょ。そうすると同じ量なのに猿は、「たくさん食べられる。」ってはしゃいで喜んで、また婆さんが頼むと、洗濯物も取り込むだりして、大変な親孝行の絆があって、どのくらい生きていたかはわからんけれども、猿と爺ちゃん婆ちゃんは、いい家庭を築いて持っていたいう話があるわけよ。これは、ウラッツァーだから、宇里(おーりゃー)の家でしょ。その家は産業道路の裏だったが、今は空き屋敷になってる。
全体の記録時間数 4:39
物語の時間数 3:47
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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