平得の村建て(共通語)

概要

平得の村建ては、昔、宇里(おーりゃー)の七兄弟が村建てをしたと私たちが編集したこの平得公民館の建設史に書いてありますよね。この兄弟っていうのは、女の人が五名で、男が二人。男二人は村の一番大将さあね。女はみんな宇里(うりゃー)や大御願(うふうがん)の神様とかの神様になって祀られている。男の二人を村の北方に祀る時によ、この辺は松林だった。この二人は、田んぼを開墾したから、タキッチャという神様と言われてるさあね、そこは二人の墓だったみたい。そのうち五名の名前は、はっきり分かるけど、あと二人の名前は分からんよ。宇里(おーりゃー)のオーリャーと言う方言の意味は、オオリゴテラニオーリとも言って、いらっしゃいという意味です。この村は、四箇(し か)から離れておったわけ。だから、「こちらは、土地が上等だからここにいらっしゃい。ここが住んでよいよ。いらっしゃい。いらっしゃい。」と言うていたから宇里(おーりゃー)なっている。ここに人が定着したのは、西暦千五百年ごろで、この公民館の前にね、七名どころじゃなくたくさんの人がおるけどね、この宇里に七名の人が早くここに来たわけね。ここから少し離れとった仲本(なかんどぅー)という部落があったわけよ。そのころのお宮が今も残ってるよね。そこからここに七兄弟が越してきたころここに来る道は非常に暗い山道でね、ハブが多かったっていう。そいでね、ハブに噛まれないようにその山道は竹馬に乗って歩いたって。そして、やっぱり泉が湧いているということで、ここがいいと分かったから仲本(なかんどぅー)の部落に一旦行ってさ、それから、ここへ仲本(なかんどぅー)の人を呼んで、みんなこっちに来たら、仲本(なかんどぅー)の旧部落の跡にも一つ井戸があってその水を飲んでいたけど、ここへ来るとほかにもいっぱい井戸水があるから、ここにみんな住むようになったそうだ。

再生時間:12:32

民話詳細DATA

レコード番号 47O341118
CD番号 47O34C088
決定題名 平得の村建て(共通語)
話者がつけた題名
話者名 竹盛生吉郎
話者名かな たけもりせいきちろう
生年月日 19160709
性別
出身地 沖縄県石垣市字平得
記録日 19970311
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市平得 T67 A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 平得,村建て,宇里,おーりゃ,七兄弟,大御願,神様,松林,タキッチャ,墓,オオリゴテラニオーリ,四箇,西暦千五百年,部落,ハブ,竹馬,泉,仲本,井戸
梗概(こうがい) 平得の村建ては、昔、宇里(おーりゃー)の七兄弟が村建てをしたと私たちが編集したこの平得公民館の建設史に書いてありますよね。この兄弟っていうのは、女の人が五名で、男が二人。男二人は村の一番大将さあね。女はみんな宇里(うりゃー)や大御願(うふうがん)の神様とかの神様になって祀られている。男の二人を村の北方に祀る時によ、この辺は松林だった。この二人は、田んぼを開墾したから、タキッチャという神様と言われてるさあね、そこは二人の墓だったみたい。そのうち五名の名前は、はっきり分かるけど、あと二人の名前は分からんよ。宇里(おーりゃー)のオーリャーと言う方言の意味は、オオリゴテラニオーリとも言って、いらっしゃいという意味です。この村は、四箇(し か)から離れておったわけ。だから、「こちらは、土地が上等だからここにいらっしゃい。ここが住んでよいよ。いらっしゃい。いらっしゃい。」と言うていたから宇里(おーりゃー)なっている。ここに人が定着したのは、西暦千五百年ごろで、この公民館の前にね、七名どころじゃなくたくさんの人がおるけどね、この宇里に七名の人が早くここに来たわけね。ここから少し離れとった仲本(なかんどぅー)という部落があったわけよ。そのころのお宮が今も残ってるよね。そこからここに七兄弟が越してきたころここに来る道は非常に暗い山道でね、ハブが多かったっていう。そいでね、ハブに噛まれないようにその山道は竹馬に乗って歩いたって。そして、やっぱり泉が湧いているということで、ここがいいと分かったから仲本(なかんどぅー)の部落に一旦行ってさ、それから、ここへ仲本(なかんどぅー)の人を呼んで、みんなこっちに来たら、仲本(なかんどぅー)の旧部落の跡にも一つ井戸があってその水を飲んでいたけど、ここへ来るとほかにもいっぱい井戸水があるから、ここにみんな住むようになったそうだ。
全体の記録時間数 13:07
物語の時間数 12:32
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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