多田御嶽(共通語)

概要

多田御嶽は平得の波照間ていう方が信仰してるんですよ。その昔ね、有名なオヤケ赤蜂の乱が鎮定した後で多田家の方が呼ばれて上京なさったでしょうな。しかし、帰りに嵐に遭って向こうの安南(あんなん)とかに着いたとかで、安南(あんなん)から米と粟の種子を貰って来たが、本当は西回りで西に着くのが本当だがね、船頭が間違えて行き過ぎたから真栄里の前まで来て降りたんでしょうな。それでその浜は多田浜と言われるようになった。その多田家の方は安南(あんなん)から持ってきた稲、粟の種子を部落に与えたから、年々穀物の豊作の祈願をする一月の十五日の種取祭には、平得では、「あんな遠い安南(あんなん)から立派な種子を持って来て、こちらの島を救った。」と平得の多田家の波照間と蔵下(くらした)という方が主体になってまず種子が始めて着いた多田浜で一晩で籠もりして翌朝に部落に入ってくるんですよ。

再生時間:3:33

民話詳細DATA

レコード番号 47O341297
CD番号 47O34C100
決定題名 多田御嶽(共通語)
話者がつけた題名
話者名 大盛文雄
話者名かな おおもりふみお
生年月日 19180413
性別
出身地 沖縄県石垣市字真栄里
記録日 19970912
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市真栄里 T78 B08
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 多田御嶽,平得,波照間,信仰,オヤケ赤蜂の乱,鎮定,多田家,上京,嵐,安南,米,粟,種子,真栄里,多田浜,穀物,豊作,祈願,一月の十五日,種取祭,蔵下,一晩,籠もり
梗概(こうがい) 多田御嶽は平得の波照間ていう方が信仰してるんですよ。その昔ね、有名なオヤケ赤蜂の乱が鎮定した後で多田家の方が呼ばれて上京なさったでしょうな。しかし、帰りに嵐に遭って向こうの安南(あんなん)とかに着いたとかで、安南(あんなん)から米と粟の種子を貰って来たが、本当は西回りで西に着くのが本当だがね、船頭が間違えて行き過ぎたから真栄里の前まで来て降りたんでしょうな。それでその浜は多田浜と言われるようになった。その多田家の方は安南(あんなん)から持ってきた稲、粟の種子を部落に与えたから、年々穀物の豊作の祈願をする一月の十五日の種取祭には、平得では、「あんな遠い安南(あんなん)から立派な種子を持って来て、こちらの島を救った。」と平得の多田家の波照間と蔵下(くらした)という方が主体になってまず種子が始めて着いた多田浜で一晩で籠もりして翌朝に部落に入ってくるんですよ。
全体の記録時間数 3:44
物語の時間数 3:33
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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