
昔は、ポルトガルとか何とかの南蛮船が通過して本土に行くわけですよね。あるときその南蛮船が台風に遭ってか何かして難破するわけですね。それを八重山の石垣永将という地方庁の一番偉い人が見て、この人はとっても広く世界に目を向けるような視野の広い人だから、「南蛮人であろうと何であろうと困った人は助けよう。」と助けたわけですね。この助けてもらった人なんかはキリスト教ですからね、いろいろと永将さんに宗教の話なんかしているうちに、永将さんも、「このキリスト教は、これはいいな。」と思ったんじゃないかね。それで、手厚くもてなして八重山から無事に帰したんですね。ところが首里の方から禁制のキリスト教の人をかくまったと、この人にお咎めがあったわけですよ。「自分のやったことを謝ったらどうか。」と言って責められたけれども、この永将さんて言う人は、「やっぱりキリストの教えは正しい。自分はね、火あぶりにあっても絶対に自分がやったことは悪いとは認めない。」って言っていたので、禁令を破ったということで極刑の火あぶりの刑になったはずですよ。今石垣島に残ってるこの人の子孫で「永」の字のついた人達は、ほとんどキリスト教ですよ。この海星小学校(かいせいしょうがっこう)にカトリック教がありますけどね、あちらに集まってくる人達ですね。だから、消えたわけではないと思いますね。この人の墓が観音堂の辺りに皆子孫によって祀られてあるんじゃないですか。後世からみればね、石垣永将は素晴らしい人であったというわけでしょ。宗教というのはやっぱり怖いもんですよ。そのころは島原半島の乱とかね、長崎(ながさき)でも二四名の殉教師が殺されたとか、どこでもキリスト教は皆弾圧にあってますよ。八重山の島にもそういう歴史が残っているってことがあるわけですよね。
| レコード番号 | 47O340639 |
|---|---|
| CD番号 | 47O34C045 |
| 決定題名 | 石垣永将(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 糸洲マサ |
| 話者名かな | いとすまさ |
| 生年月日 | 19250413 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県石垣市字新川 |
| 記録日 | 19980908 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 石垣市字新川 T53 A08 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | - |
| 梗概(こうがい) | 昔は、ポルトガルとか何とかの南蛮船が通過して本土に行くわけですよね。あるときその南蛮船が台風に遭ってか何かして難破するわけですね。それを八重山の石垣永将という地方庁の一番偉い人が見て、この人はとっても広く世界に目を向けるような視野の広い人だから、「南蛮人であろうと何であろうと困った人は助けよう。」と助けたわけですね。この助けてもらった人なんかはキリスト教ですからね、いろいろと永将さんに宗教の話なんかしているうちに、永将さんも、「このキリスト教は、これはいいな。」と思ったんじゃないかね。それで、手厚くもてなして八重山から無事に帰したんですね。ところが首里の方から禁制のキリスト教の人をかくまったと、この人にお咎めがあったわけですよ。「自分のやったことを謝ったらどうか。」と言って責められたけれども、この永将さんて言う人は、「やっぱりキリストの教えは正しい。自分はね、火あぶりにあっても絶対に自分がやったことは悪いとは認めない。」って言っていたので、禁令を破ったということで極刑の火あぶりの刑になったはずですよ。今石垣島に残ってるこの人の子孫で「永」の字のついた人達は、ほとんどキリスト教ですよ。この海星小学校(かいせいしょうがっこう)にカトリック教がありますけどね、あちらに集まってくる人達ですね。だから、消えたわけではないと思いますね。この人の墓が観音堂の辺りに皆子孫によって祀られてあるんじゃないですか。後世からみればね、石垣永将は素晴らしい人であったというわけでしょ。宗教というのはやっぱり怖いもんですよ。そのころは島原半島の乱とかね、長崎(ながさき)でも二四名の殉教師が殺されたとか、どこでもキリスト教は皆弾圧にあってますよ。八重山の島にもそういう歴史が残っているってことがあるわけですよね。 |
| 全体の記録時間数 | 4:18 |
| 物語の時間数 | 3:57 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |