西塘(共通語)

概要

八重山の政治を尚真王からもらって来て竹富島に持ってこられたのは、竹富の西塘様(にしとうさま)さあね。それから八重山は政治は八重山でやってるわけさあね。そこに西塘様(にしとうさま)の御嶽(おたけ)があるさ。アカハチが滅びた後、政治は沖縄だったから沖縄からね、役人が八重山の島にいらっしゃったんじゃない。そして竹富島に行ったみたいさあね。そのとき、西塘様は七つの歳でヒージャー〔山羊〕の草刈るとかで道を歩いておった。そしたら、役人たちがよ、蜜柑をくれたからよ、剥いて食べたって。そのとき、役人に、「どの手に取った蜜柑がおいしかった。」と言われたらよ、西塘は手を打ってこの役人達によ、「どの手が鳴ったんですか。」と言ったから、これには答えきれない役人達は、この子供はジンブンが強いと見てあるわけさあね。それで沖縄で首里城の石垣を積むときに、何度も崩れて困っていたら、竹富に行った役人が西塘のことを思い出して、「八重山を自分なんかが歩いたときジンブン持ちの子供がおった。あの子は今は大人になっている。あの子ならできるはずだ。」と言ってよ、西塘が呼び寄せられたみたいさ。そのとき、西塘は一五ぐらいの妻が居られて男の子を産んでいたけど、沖縄から呼ばれて行ったさあね。沖縄に行ったら、西塘はその石垣を積むのに、一枚の紙を借りて、そのままなら、こっちに倒れたり、あっちに倒れたりするが、それを幾つかに折って立てたら立つさあね。それを沖縄の人に見せて、「こんなこんなしたら崩れないで立つよ。」と言ったから、その通りに積んだから石垣が積めたそうだ。だから、沖縄の首里城は屏風(べーふ)のような石垣が巻いてあるのがあるでしょ。それを積んだのは西塘だから、その石垣を全部積むのに西塘は、二十年とか沖縄の島におって積んだから、首里の尚真王が、「あんたは、どんな褒美を望みますか。」とおっしゃったら、西塘が、「私は何も望みはない。」と言ったけんど、「人間として望みない人がいるか。何でも聞くから言いなさい。」と尚真王が言われたから、「それじゃあよ、八重山の島の政治を持たしてよ。」と言ったから、それで西塘が八重山の政治を持つことになったわけよ。西塘は帰って来るときによ、沖縄から政治持つときに拝む香炉を持たしておって、また女をくれてあるわけさ。そして、竹富島にその女の人を連れて帰って来たらよ、西塘にはこっちにも妻子がおったからよ、その沖縄から来た女の人は、「これでは暮らせない。」と井戸に身投げしたから、西塘様がその女の人を井戸からすくい上げてよ墓は沖縄に向かう浜口に向かわしてこんなして作ってあるさ。そこを西塘はいつでも拝んでおられたっていうよ。(以後、キヨさんの経験談)この女の人の霊がまだ苦しんでいるということで、拝んだ。また、真泊に一日十五日に拝みに行っていたころ、その行き帰りに必ず帽子をかぶって脚絆を巻いた人(霊)に出あって、毎回頼みごとをされたが、私はできないと言って断り続けた。今銀行が建ってるところの人からも拝みをしてくれと頼まれたが、断ったので、他のカミングワが拝んだはず。そこに、大きな木があって、その根元から人が出てる。この人がキヨさんが出あった霊で、西塘様が政治をとるために沖縄から連れてきた人じゃないかと思っている。その霊から名前も聞いたので、人に調べてくれと頼んだが、誰も調べてくれないので確かめられないが。

再生時間:10:26

民話詳細DATA

レコード番号 47O340628
CD番号 47O34C044
決定題名 西塘(共通語)
話者がつけた題名
話者名 崎枝キヨ
話者名かな さきえだきよ
生年月日 19160711
性別
出身地 沖縄県石垣市字新川
記録日 19980908
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市字新川 T51 B06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20,90
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 西塘,みかん,手を打つ,首里城,石積み,屏風,沖縄,八重山の政治,井戸,墓
梗概(こうがい) 八重山の政治を尚真王からもらって来て竹富島に持ってこられたのは、竹富の西塘様(にしとうさま)さあね。それから八重山は政治は八重山でやってるわけさあね。そこに西塘様(にしとうさま)の御嶽(おたけ)があるさ。アカハチが滅びた後、政治は沖縄だったから沖縄からね、役人が八重山の島にいらっしゃったんじゃない。そして竹富島に行ったみたいさあね。そのとき、西塘様は七つの歳でヒージャー〔山羊〕の草刈るとかで道を歩いておった。そしたら、役人たちがよ、蜜柑をくれたからよ、剥いて食べたって。そのとき、役人に、「どの手に取った蜜柑がおいしかった。」と言われたらよ、西塘は手を打ってこの役人達によ、「どの手が鳴ったんですか。」と言ったから、これには答えきれない役人達は、この子供はジンブンが強いと見てあるわけさあね。それで沖縄で首里城の石垣を積むときに、何度も崩れて困っていたら、竹富に行った役人が西塘のことを思い出して、「八重山を自分なんかが歩いたときジンブン持ちの子供がおった。あの子は今は大人になっている。あの子ならできるはずだ。」と言ってよ、西塘が呼び寄せられたみたいさ。そのとき、西塘は一五ぐらいの妻が居られて男の子を産んでいたけど、沖縄から呼ばれて行ったさあね。沖縄に行ったら、西塘はその石垣を積むのに、一枚の紙を借りて、そのままなら、こっちに倒れたり、あっちに倒れたりするが、それを幾つかに折って立てたら立つさあね。それを沖縄の人に見せて、「こんなこんなしたら崩れないで立つよ。」と言ったから、その通りに積んだから石垣が積めたそうだ。だから、沖縄の首里城は屏風(べーふ)のような石垣が巻いてあるのがあるでしょ。それを積んだのは西塘だから、その石垣を全部積むのに西塘は、二十年とか沖縄の島におって積んだから、首里の尚真王が、「あんたは、どんな褒美を望みますか。」とおっしゃったら、西塘が、「私は何も望みはない。」と言ったけんど、「人間として望みない人がいるか。何でも聞くから言いなさい。」と尚真王が言われたから、「それじゃあよ、八重山の島の政治を持たしてよ。」と言ったから、それで西塘が八重山の政治を持つことになったわけよ。西塘は帰って来るときによ、沖縄から政治持つときに拝む香炉を持たしておって、また女をくれてあるわけさ。そして、竹富島にその女の人を連れて帰って来たらよ、西塘にはこっちにも妻子がおったからよ、その沖縄から来た女の人は、「これでは暮らせない。」と井戸に身投げしたから、西塘様がその女の人を井戸からすくい上げてよ墓は沖縄に向かう浜口に向かわしてこんなして作ってあるさ。そこを西塘はいつでも拝んでおられたっていうよ。(以後、キヨさんの経験談)この女の人の霊がまだ苦しんでいるということで、拝んだ。また、真泊に一日十五日に拝みに行っていたころ、その行き帰りに必ず帽子をかぶって脚絆を巻いた人(霊)に出あって、毎回頼みごとをされたが、私はできないと言って断り続けた。今銀行が建ってるところの人からも拝みをしてくれと頼まれたが、断ったので、他のカミングワが拝んだはず。そこに、大きな木があって、その根元から人が出てる。この人がキヨさんが出あった霊で、西塘様が政治をとるために沖縄から連れてきた人じゃないかと思っている。その霊から名前も聞いたので、人に調べてくれと頼んだが、誰も調べてくれないので確かめられないが。
全体の記録時間数 10:41
物語の時間数 10:26
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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