牛馬祭由来(共通語)

概要

牛馬祭(ぎゅうばさい)っていうけどね、これは牛馬の慰霊をするんじゃなくして、牛馬の健康願いするところです。それには、このような由来があるさ。昔、この四箇字(しかあざ)一帯でね、牛の疫病が流行って皆あっちこっち倒れたわけさ。ここは、四町内あるけど同じ農民の家でも新川の大竹家(おおたけけ)の牛だけは絶対病かからんわけさ。「なんで。」って言って、皆あそこに習いにいったら、大竹家(おおたけけ)の畑にね、こういう席をつくってね、毎年九月か十月の丑の日に牛の健康願いをしておったらしいんですよ。それを聞いてこの五町内部落が固まって、これは上にこう見える前山ね、あの麓に新川の人だけの小さな牧場があったさ。あそこに石碑を建てて御願したからあんまり病気がなくなったって。だから今の牛馬祭の始まりは大竹家(おおたけけ)さあね。あっちが初めてやって、やがて百年あまり続いているね。牛馬祭が移転したときはうちが部落の祭事係であったからあれを起こして、こっちはオオエコウエイさんの敷地だったからお願いして、あっちに建てるときは、工事も請け負いじゃなくてみんな部落の奉仕さあね。だから牛馬祭は、今あるところが四回目さ。今は、これから川平(かびら)に行く道を村を出て二番目の端っこ目行ってすぐ左に曲がると左側に、今は二階建てか三階建てのかりゆし荘ができているけどね、あの森の側に牛馬祭の日と書いた碑は建っておって、毎年九月には部落の事業として牛馬祭はやっておる。あの森は昔からフツクニ森(むに)というからね。

再生時間:1:27

民話詳細DATA

レコード番号 47O340561
CD番号 47O34C038
決定題名 牛馬祭由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 漢那憲明
話者名かな かんなけんめい
生年月日 19180815
性別
出身地 沖縄県石垣市字新川
記録日 19980312
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市字新川 T46 A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20,80
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 牛馬祭,牛馬,健康願い,四箇字,疫病,農民,新川,大竹家,九月,十月,丑の日,牧場,石碑,御願,部落,奉仕,フツクニ森,大きい,ツクニヨ,月
梗概(こうがい) 牛馬祭(ぎゅうばさい)っていうけどね、これは牛馬の慰霊をするんじゃなくして、牛馬の健康願いするところです。それには、このような由来があるさ。昔、この四箇字(しかあざ)一帯でね、牛の疫病が流行って皆あっちこっち倒れたわけさ。ここは、四町内あるけど同じ農民の家でも新川の大竹家(おおたけけ)の牛だけは絶対病かからんわけさ。「なんで。」って言って、皆あそこに習いにいったら、大竹家(おおたけけ)の畑にね、こういう席をつくってね、毎年九月か十月の丑の日に牛の健康願いをしておったらしいんですよ。それを聞いてこの五町内部落が固まって、これは上にこう見える前山ね、あの麓に新川の人だけの小さな牧場があったさ。あそこに石碑を建てて御願したからあんまり病気がなくなったって。だから今の牛馬祭の始まりは大竹家(おおたけけ)さあね。あっちが初めてやって、やがて百年あまり続いているね。牛馬祭が移転したときはうちが部落の祭事係であったからあれを起こして、こっちはオオエコウエイさんの敷地だったからお願いして、あっちに建てるときは、工事も請け負いじゃなくてみんな部落の奉仕さあね。だから牛馬祭は、今あるところが四回目さ。今は、これから川平(かびら)に行く道を村を出て二番目の端っこ目行ってすぐ左に曲がると左側に、今は二階建てか三階建てのかりゆし荘ができているけどね、あの森の側に牛馬祭の日と書いた碑は建っておって、毎年九月には部落の事業として牛馬祭はやっておる。あの森は昔からフツクニ森(むに)というからね。
全体の記録時間数 3:34
物語の時間数 1:27
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP