ふかの援助(共通語)

概要

オヤケ赤蜂は琉球王府があんまり人頭税とかそういうもので農民を苦しめるから運動を展開したさあね。その人頭税は宮古と八重山の先島だけがあったと聞いていますよ。この多良間真牛(たらまもーさー)の伝説はうちなんか小学の六年生に黒島に修学旅行で行って、そのときに聞いた話だけれどもね、黒島の土地は珊瑚礁の土地で畑があるだけで田んぼがない。だから多良間真牛と言う人は、その人頭税を納めるために西表(いりおもて)に田んぼを作っていたが、黒島から西表に小さなサバニで田んぼ作りに行く途中で、二月のカジマーイの暴風で遭難にあって、着いた無人島で暮らしていたそうだ。多良間真牛の家では多良間真牛は遭難に遭って死んでると思って、四十九日も済んで百ヵ日も済んでも帰って来ない。多良間真牛は自分一人で無人島でいろいろなものを食べながら生活を送っておって、漁に出ると自分の股の下に、鱶が来てそうっと多良間真牛を乗せて、黒島に行ったと言ってるが、そのときは、三年後でね、多良間真牛が生きてこんなに戻って来たもんだから黒島の人は、「これは大変なものだ。」と言って騒いでおったら、この話が王府の方に伝わって、多良間真牛は首里王に召されて行って、首里王の前で自分のこれまでの経過を申し上げると、この人は非常に徳のあられる人を騙さない正直者で、この人の人格が動物でも分かって、この人を助けあげたと首里王府から、多良間真牛が鮫に救われた絵の掛け軸を頂いてきたから、その家では鱶に助けられたところの掛け軸を床の間に飾ってあってね、その家の人は、「鮫はうちの恩人で、これがうちの本尊ですからこれを拝んでいます。また私達、多良間真牛の子孫は鱶は食べてはいかない。」言っていました。この掛け軸は今も家宝としてあるはずよ。

再生時間:3:44

民話詳細DATA

レコード番号 47O341044
CD番号 47O34C079
決定題名 ふかの援助(共通語)
話者がつけた題名 多良間真牛
話者名 森永用長
話者名かな もりながようちょう
生年月日 19161222
性別
出身地 沖縄県石垣市字石垣
記録日 19980907
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市石垣 T34 A09
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 人頭税,宮古,八重山,多良間真牛,伝説,黒島,田んぼ,西表,サバニ,二月,カジマーイ,暴風,遭難,無人島,漁,鱶,三年後,首里王,掛け軸,本尊
梗概(こうがい) オヤケ赤蜂は琉球王府があんまり人頭税とかそういうもので農民を苦しめるから運動を展開したさあね。その人頭税は宮古と八重山の先島だけがあったと聞いていますよ。この多良間真牛(たらまもーさー)の伝説はうちなんか小学の六年生に黒島に修学旅行で行って、そのときに聞いた話だけれどもね、黒島の土地は珊瑚礁の土地で畑があるだけで田んぼがない。だから多良間真牛と言う人は、その人頭税を納めるために西表(いりおもて)に田んぼを作っていたが、黒島から西表に小さなサバニで田んぼ作りに行く途中で、二月のカジマーイの暴風で遭難にあって、着いた無人島で暮らしていたそうだ。多良間真牛の家では多良間真牛は遭難に遭って死んでると思って、四十九日も済んで百ヵ日も済んでも帰って来ない。多良間真牛は自分一人で無人島でいろいろなものを食べながら生活を送っておって、漁に出ると自分の股の下に、鱶が来てそうっと多良間真牛を乗せて、黒島に行ったと言ってるが、そのときは、三年後でね、多良間真牛が生きてこんなに戻って来たもんだから黒島の人は、「これは大変なものだ。」と言って騒いでおったら、この話が王府の方に伝わって、多良間真牛は首里王に召されて行って、首里王の前で自分のこれまでの経過を申し上げると、この人は非常に徳のあられる人を騙さない正直者で、この人の人格が動物でも分かって、この人を助けあげたと首里王府から、多良間真牛が鮫に救われた絵の掛け軸を頂いてきたから、その家では鱶に助けられたところの掛け軸を床の間に飾ってあってね、その家の人は、「鮫はうちの恩人で、これがうちの本尊ですからこれを拝んでいます。また私達、多良間真牛の子孫は鱶は食べてはいかない。」言っていました。この掛け軸は今も家宝としてあるはずよ。
全体の記録時間数 4:29
物語の時間数 3:44
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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