登野城の人頭税(共通語)

概要

私ら時代になってから人頭税はないけどね、女は織物を反物で納めて、男は米、粟、麦の穀物で人頭税納めていたらしいよ。これは歳によってよ、何十歳からは金持ちや貧乏は構わずによ、納めないといけないて言う義務があったらしい。それで相当苦労した。また、道を作ったり何の行事に出なさいて言うのはよ、今は年代が延びてるけど五〇歳までで、それからは札抜人(くだにぬーがーら)と言って隠居(いんきょ)と言った。祖先によ、札人(ふだにん)資格の兄弟でとっても田(たぁ)たくさん作ってよ、人頭税を納めきれない人の分までよ、「じゃあ、お前も分もわしが出してやる。」と納めてよ、ただでくれたんだよ。そのためによ、琉球政府からよ、漢文の感謝状があったが、私ら読みきれなかった。その人は沖縄から来た人だったからよ、祖先の代から全部よその人の遺骨をよ、沖縄に送るようになったんですよ。そうしたらね、この感謝状もこの人の功績の宝物だからね、遺骨と共に納めて送ったんですよ。ところがこの感謝状はうちの四郎兄さんがよ、一応(いちよう)は博物館に寄付してあったからよ、わしがよ、「兄さん、この遺骨は沖縄に真謝(まじゃ)ぬコウセイが持って行くときね、この感謝状もこの人の遺物だからお土産に遺骨と一緒に持っとかんいけない。」と言って、博物館に寄付してあってもよ、わしが行って、「こういう人の遺骨を沖縄に送るから、この感謝状は取り下げてどうぞ返して下さい。」と言って事情話したらよ、館長は悩んだよ。「博物館に寄付したものを今まで戻したことはないけどよ、あんた方が言うなら一応戻すけんど、私がこうして戻してもらったよと言うこと誰にも言ってくれるなよ。同じように書かしなさい。」と言われてよ、私口止めされたさ。そうして、この感謝状)は古くなって字もなかなか読めなくなってるからよ、沖縄では自分の住所もわかるから名刺もくれてこの感謝状持ってってよ、持たして書かせた。

再生時間:4:37

民話詳細DATA

レコード番号 47O340782
CD番号 47O34C060
決定題名 登野城の人頭税(共通語)
話者がつけた題名
話者名 知念七郎
話者名かな ちねんしちろう
生年月日 19120818
性別
出身地 沖縄県石垣市登野城
記録日 19970913
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市登野城 T05 A02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 80
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 人頭税,女,織物,反物,男,米,粟,麦,穀物,苦労した,札抜人,くだにぬーがーら,隠居,札人,琉球政府,漢文の感謝状,沖縄,遺骨,博物館
梗概(こうがい) 私ら時代になってから人頭税はないけどね、女は織物を反物で納めて、男は米、粟、麦の穀物で人頭税納めていたらしいよ。これは歳によってよ、何十歳からは金持ちや貧乏は構わずによ、納めないといけないて言う義務があったらしい。それで相当苦労した。また、道を作ったり何の行事に出なさいて言うのはよ、今は年代が延びてるけど五〇歳までで、それからは札抜人(くだにぬーがーら)と言って隠居(いんきょ)と言った。祖先によ、札人(ふだにん)資格の兄弟でとっても田(たぁ)たくさん作ってよ、人頭税を納めきれない人の分までよ、「じゃあ、お前も分もわしが出してやる。」と納めてよ、ただでくれたんだよ。そのためによ、琉球政府からよ、漢文の感謝状があったが、私ら読みきれなかった。その人は沖縄から来た人だったからよ、祖先の代から全部よその人の遺骨をよ、沖縄に送るようになったんですよ。そうしたらね、この感謝状もこの人の功績の宝物だからね、遺骨と共に納めて送ったんですよ。ところがこの感謝状はうちの四郎兄さんがよ、一応(いちよう)は博物館に寄付してあったからよ、わしがよ、「兄さん、この遺骨は沖縄に真謝(まじゃ)ぬコウセイが持って行くときね、この感謝状もこの人の遺物だからお土産に遺骨と一緒に持っとかんいけない。」と言って、博物館に寄付してあってもよ、わしが行って、「こういう人の遺骨を沖縄に送るから、この感謝状は取り下げてどうぞ返して下さい。」と言って事情話したらよ、館長は悩んだよ。「博物館に寄付したものを今まで戻したことはないけどよ、あんた方が言うなら一応戻すけんど、私がこうして戻してもらったよと言うこと誰にも言ってくれるなよ。同じように書かしなさい。」と言われてよ、私口止めされたさ。そうして、この感謝状)は古くなって字もなかなか読めなくなってるからよ、沖縄では自分の住所もわかるから名刺もくれてこの感謝状持ってってよ、持たして書かせた。
全体の記録時間数 4:37
物語の時間数 4:37
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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