オヤケ赤蜂(共通語)

概要

このオヤケ赤蜂はね、午方干礁(んまぬふぁーぴー)に居ったのをね、髪の毛を見ても肌も赤いし、大きいからよ、「これは珍しい子供が居る。」と連れ来て育てようと言うたのを育てたてたのがオヤケ赤蜂だって言うわけよね。それで、その後はどんどん大きくなって、やがて大浜に住んで、四箇の長田大主(なーたふーじ)とも争うんだよ。赤蜂は身体が大きい上に物考えは長田大主とは大人と子供の差で、ものすごく頭もよく、物知りですよね、三世相(さんげんそう)も分かる人だったんです。後の話では赤蜂の頭の骸骨(さらこうべ)に米が五升入るとか八升入るとか言うのは彼の身体がいかに大きかったかってことを意味するわけですよね。この五升か八升入った言(ちゅ)う話は、後で砂でも入れて計ってみたと思うんですよね。首里から来た軍隊もですね、赤蜂がどこに死んで、どこに骨がある言(ちゅ)うことはまだはっきり分からないから多分持って行かないでこっちに頭蓋骨があったからそれをやったんじゃないすかね。長田大王(なーたたいおう)は赤蜂にどんどん追われて裏石垣を回って来ているわけよ。そして、川平(かびら)の手前の崎枝(さきえだ)に来て、そこにあった家に救いを求めるんですよね。そしたらそこの家には鍋でお湯を沸かしておるお婆さんがおったからね、長田大主(なーたふーじ)は、「こういうふうにして追われて来ているから助けてくれ。」言うたもんだからね、そのお婆さんも頭良かったんだな。それでね、「そうか。」と言うわけで、自分で沸かしているお湯をこうやって側に流して、昔だからやっぱ石をこう三つ置いてお湯を沸かしておったに違いないと思うんですがね、ぱっと退けてそこを掘って、その長田大主をそこへ入れてわからんようにして、知らない顔してこう火を燃やしてまたお湯を沸かしておったって。そのときに赤蜂が来て、「その辺にこういう者は来なかったか。」と聞いたら、「わかりません。」言(ちゅ)うことを言うわけですよね。言うんだけれど、その赤蜂は頭がいいからね、「ここに必ずこの小屋のなかには居るはずだ。」と、お婆さん一人が住むあばら小屋ですから小さいですしね、だから、赤蜂は、「火(ぴー)とぅ水の下にいる。」と言うことを予言しているわけですよね。赤蜂はそこから立ち去ったもんだから、彼はそこから助けられて、それから観音岬のところ辺りに行って、自分で芭蕉の舟を造って西表に渡って行ったんですね。そして、西表から首里王府に行って救いを求めたんですね。そのころ川平にいる仲間満慶(なかま みつけい)て言う人は王様の味方しているわけよね。川平湾は、その辺ぐらいのところに湾が三つくらいあったと思うんですどね。東の方に底地(すくじ)ビーチの海水浴場があって、その底地ビーチのちょと東になりますが、仲間満慶が武芸の練習をした岩屋は、川平湾のこの辺だと思うんです。この岩屋は浜伝い行くと浜のすぐ側にあるんですよ。仲間満慶はそこの洞窟(が ま)の中で一生懸命、昼も夜も武芸を練習しておったと。赤蜂は、首里への上納が多いから納められないとやっぱ住民の味方をしてそれに反対した。そういうことが続いたもんだから、結局は首里王府はそれを征伐に来たわけですよね。それで、赤蜂はですね、飛行場の後ろのほうの高台のところに本拠地があって、仲間満慶が体力も知能も勝ってるからよ、一生懸命味方にしようとして、タナドー原(ばる)と言う道のところに赤蜂は居って、そこに仲間満慶を誘(おび)き出してね、やっぱし赤蜂は島の人全部のことを考えて王府に対抗しようというんだけど、仲間満慶はやっぱり王府の言うことを聞こういうわけだから、仲間満慶は嫌だって言うて頑としてそれを赤蜂の言うことを聞かないもんだから、話が決裂したわけよ。赤蜂は、仲間満慶は武勇が達者ですからね、「これはどうもしようもない。これはただでは討ちとれない。」と言うわけで、それで仲間満慶は馬に乗って名蔵湾(なぐらわん)のところを走って行く途中でミジュンという小さい魚がよく取れたからミジュン崎って言うところの近くのケーラ崎の道の真ん中に前もって落とし穴を掘って、落とし穴を作らすんですよね。それで馬に乗って仲間満慶が別れて行くときに、赤蜂は、「追え。」言(ちゅ)うわけですよ。彼らの部下が、「おう。」と追いかけて行って、仲間満慶が馬に乗って走って来たところをその穴に落として、そこで切って捨てられて、仲間満慶はとうとう向こうで討ち取られたわけよ。ケールって言うのは物(むぬぅ)を叩き切るて言う意味だから、そこをケーラ崎って言うわけよ。そこには、「仲間満慶山終焉之地」という碑が建ててありますよ。それでね、仲間満慶が一生懸命武芸を鍛えた川平湾の洞窟(が ま)には、あの人がの鎧兜(よろいかぶと)と刀(かたな)と言うような物があったんだけどよ。誰かが珍しいから、それを一つずつ持って行くから、それで川平の人が向こうの洞穴(いーざー)の門を閉めたわけよ。その石の門のことをヤドピケーと言うんです。そのヤドピケーから海水浴場に行くところに森があるわけですが、その森で仲間満慶が武芸を練習したんで、向こうは禿山(はげやま)になっているが、そこの竹は普通の山の竹よりか固いくて質がいいとかいうような話を聞いたけどね。とにかく首里王府の王様としてはね、「赤蜂を生け捕りにし来い。」と言って、首里の軍を派遣して来るんですね。首里の軍は名蔵(なぐら)の湾から上がったらしいんですよ。それで赤蜂は不意を打たれたもんだから彼はすぐ山に逃げて行って、於茂登山の下の佐久原(さ くばる)の田んぼに隠れるんです。あのへんは昔から湿地帯で、赤蜂が歩いたらその足跡言(ちゅ)うのは人と違って大きくて分かるから、赤蜂は、ある程度山に入ってそれから前向きには歩かないで、後ろにこう下がりながら行ったらしいんですよ。そして山に入って行ったように見せているわけですよね。それで、水が深い田んぼの中に隠れて、細くて節の長い竹を見つけて竹の穴で水の中から息をプープーして居った言(ちゅ)う。そしたら向こうからの首里からの兵隊がたくさんこう来てね、捜しているわけ。それで、「その辺におらんかな。」と言うようなことで追いかけていっておったわけ。首里の兵隊は、その辺もずっとまわって一生懸命捜すわけですよね。それで首里王府からの兵隊がずっと彼のいる田をを囲んで全部捜し歩いたわけよ。そしてその田んぼのところに指してから、「ここにいればいいがな。」思いながら持っている槍をポンと投げたら、上手いこと彼の頭に当たってるわけ。そしたらそこから鮮血がぶぶぶーと滲(にじ)み出たもんだから、「これはおかしい。ここに居るんだ。」と言うわけでね、攻めるわけですよ。赤蜂もこれまでだと思って出てきて奮戦するんだけどね、自分は裸で何も持たないで多勢に無勢だから、それにかなわないわけよ。それで王様は、「捕獲して縛って連れてこい。」って言うけどね、一対一では赤蜂に敵わないから四、五人で死に物狂いで戦って彼らは武器で彼を切ったわけさ。それで赤蜂はそこで死んだっ言(ちゅ)うわけだよ。この話は伊波南哲(い は なんてつ)のお父さんがとても詳しかったですよ。それで、伊波南哲青年時代にその話をよく聞いてですね、彼は運良く東京出て近衛兵になったんですよね。そして近衛兵になった暇々に書いてそれを叙情詩として出版してあるわけですよね。彼は近衛兵が終わった後、交番で巡査しておったんです。

再生時間:11:30

民話詳細DATA

レコード番号 47O340868
CD番号 47O34C066
決定題名 オヤケ赤蜂(共通語)
話者がつけた題名
話者名 慶田城安貞
話者名かな けだしろあんてい
生年月日 19170928
性別
出身地 沖縄県石垣市字登野城
記録日 19980908
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市登野城 T11 A04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード オヤケ赤蜂,午方干礁,んまぬふぁーぴー,大浜,四箇,長田大主,物知り,三世相,骸骨,米,五升,八升,軍隊,裏石垣,川平,崎枝,鍋,お湯を沸かして,お婆さん,あばら小屋,火(ぴー)とぅ水の下にいる,予言,観音岬,芭蕉の舟,西表,首里王府,仲間満慶,底地ビーチ,武芸の練習,岩屋,洞窟,上納,住民の味方,征伐,タナドー原,決裂,名蔵湾,ケーラ崎,落とし穴,仲間満慶山終焉之地,碑,鎧兜,刀,石の門,ヤドピケー,禿山,竹,生け捕り,於茂登山,佐久原,湿地帯,伊波南哲
梗概(こうがい) このオヤケ赤蜂はね、午方干礁(んまぬふぁーぴー)に居ったのをね、髪の毛を見ても肌も赤いし、大きいからよ、「これは珍しい子供が居る。」と連れ来て育てようと言うたのを育てたてたのがオヤケ赤蜂だって言うわけよね。それで、その後はどんどん大きくなって、やがて大浜に住んで、四箇の長田大主(なーたふーじ)とも争うんだよ。赤蜂は身体が大きい上に物考えは長田大主とは大人と子供の差で、ものすごく頭もよく、物知りですよね、三世相(さんげんそう)も分かる人だったんです。後の話では赤蜂の頭の骸骨(さらこうべ)に米が五升入るとか八升入るとか言うのは彼の身体がいかに大きかったかってことを意味するわけですよね。この五升か八升入った言(ちゅ)う話は、後で砂でも入れて計ってみたと思うんですよね。首里から来た軍隊もですね、赤蜂がどこに死んで、どこに骨がある言(ちゅ)うことはまだはっきり分からないから多分持って行かないでこっちに頭蓋骨があったからそれをやったんじゃないすかね。長田大王(なーたたいおう)は赤蜂にどんどん追われて裏石垣を回って来ているわけよ。そして、川平(かびら)の手前の崎枝(さきえだ)に来て、そこにあった家に救いを求めるんですよね。そしたらそこの家には鍋でお湯を沸かしておるお婆さんがおったからね、長田大主(なーたふーじ)は、「こういうふうにして追われて来ているから助けてくれ。」言うたもんだからね、そのお婆さんも頭良かったんだな。それでね、「そうか。」と言うわけで、自分で沸かしているお湯をこうやって側に流して、昔だからやっぱ石をこう三つ置いてお湯を沸かしておったに違いないと思うんですがね、ぱっと退けてそこを掘って、その長田大主をそこへ入れてわからんようにして、知らない顔してこう火を燃やしてまたお湯を沸かしておったって。そのときに赤蜂が来て、「その辺にこういう者は来なかったか。」と聞いたら、「わかりません。」言(ちゅ)うことを言うわけですよね。言うんだけれど、その赤蜂は頭がいいからね、「ここに必ずこの小屋のなかには居るはずだ。」と、お婆さん一人が住むあばら小屋ですから小さいですしね、だから、赤蜂は、「火(ぴー)とぅ水の下にいる。」と言うことを予言しているわけですよね。赤蜂はそこから立ち去ったもんだから、彼はそこから助けられて、それから観音岬のところ辺りに行って、自分で芭蕉の舟を造って西表に渡って行ったんですね。そして、西表から首里王府に行って救いを求めたんですね。そのころ川平にいる仲間満慶(なかま みつけい)て言う人は王様の味方しているわけよね。川平湾は、その辺ぐらいのところに湾が三つくらいあったと思うんですどね。東の方に底地(すくじ)ビーチの海水浴場があって、その底地ビーチのちょと東になりますが、仲間満慶が武芸の練習をした岩屋は、川平湾のこの辺だと思うんです。この岩屋は浜伝い行くと浜のすぐ側にあるんですよ。仲間満慶はそこの洞窟(が ま)の中で一生懸命、昼も夜も武芸を練習しておったと。赤蜂は、首里への上納が多いから納められないとやっぱ住民の味方をしてそれに反対した。そういうことが続いたもんだから、結局は首里王府はそれを征伐に来たわけですよね。それで、赤蜂はですね、飛行場の後ろのほうの高台のところに本拠地があって、仲間満慶が体力も知能も勝ってるからよ、一生懸命味方にしようとして、タナドー原(ばる)と言う道のところに赤蜂は居って、そこに仲間満慶を誘(おび)き出してね、やっぱし赤蜂は島の人全部のことを考えて王府に対抗しようというんだけど、仲間満慶はやっぱり王府の言うことを聞こういうわけだから、仲間満慶は嫌だって言うて頑としてそれを赤蜂の言うことを聞かないもんだから、話が決裂したわけよ。赤蜂は、仲間満慶は武勇が達者ですからね、「これはどうもしようもない。これはただでは討ちとれない。」と言うわけで、それで仲間満慶は馬に乗って名蔵湾(なぐらわん)のところを走って行く途中でミジュンという小さい魚がよく取れたからミジュン崎って言うところの近くのケーラ崎の道の真ん中に前もって落とし穴を掘って、落とし穴を作らすんですよね。それで馬に乗って仲間満慶が別れて行くときに、赤蜂は、「追え。」言(ちゅ)うわけですよ。彼らの部下が、「おう。」と追いかけて行って、仲間満慶が馬に乗って走って来たところをその穴に落として、そこで切って捨てられて、仲間満慶はとうとう向こうで討ち取られたわけよ。ケールって言うのは物(むぬぅ)を叩き切るて言う意味だから、そこをケーラ崎って言うわけよ。そこには、「仲間満慶山終焉之地」という碑が建ててありますよ。それでね、仲間満慶が一生懸命武芸を鍛えた川平湾の洞窟(が ま)には、あの人がの鎧兜(よろいかぶと)と刀(かたな)と言うような物があったんだけどよ。誰かが珍しいから、それを一つずつ持って行くから、それで川平の人が向こうの洞穴(いーざー)の門を閉めたわけよ。その石の門のことをヤドピケーと言うんです。そのヤドピケーから海水浴場に行くところに森があるわけですが、その森で仲間満慶が武芸を練習したんで、向こうは禿山(はげやま)になっているが、そこの竹は普通の山の竹よりか固いくて質がいいとかいうような話を聞いたけどね。とにかく首里王府の王様としてはね、「赤蜂を生け捕りにし来い。」と言って、首里の軍を派遣して来るんですね。首里の軍は名蔵(なぐら)の湾から上がったらしいんですよ。それで赤蜂は不意を打たれたもんだから彼はすぐ山に逃げて行って、於茂登山の下の佐久原(さ くばる)の田んぼに隠れるんです。あのへんは昔から湿地帯で、赤蜂が歩いたらその足跡言(ちゅ)うのは人と違って大きくて分かるから、赤蜂は、ある程度山に入ってそれから前向きには歩かないで、後ろにこう下がりながら行ったらしいんですよ。そして山に入って行ったように見せているわけですよね。それで、水が深い田んぼの中に隠れて、細くて節の長い竹を見つけて竹の穴で水の中から息をプープーして居った言(ちゅ)う。そしたら向こうからの首里からの兵隊がたくさんこう来てね、捜しているわけ。それで、「その辺におらんかな。」と言うようなことで追いかけていっておったわけ。首里の兵隊は、その辺もずっとまわって一生懸命捜すわけですよね。それで首里王府からの兵隊がずっと彼のいる田をを囲んで全部捜し歩いたわけよ。そしてその田んぼのところに指してから、「ここにいればいいがな。」思いながら持っている槍をポンと投げたら、上手いこと彼の頭に当たってるわけ。そしたらそこから鮮血がぶぶぶーと滲(にじ)み出たもんだから、「これはおかしい。ここに居るんだ。」と言うわけでね、攻めるわけですよ。赤蜂もこれまでだと思って出てきて奮戦するんだけどね、自分は裸で何も持たないで多勢に無勢だから、それにかなわないわけよ。それで王様は、「捕獲して縛って連れてこい。」って言うけどね、一対一では赤蜂に敵わないから四、五人で死に物狂いで戦って彼らは武器で彼を切ったわけさ。それで赤蜂はそこで死んだっ言(ちゅ)うわけだよ。この話は伊波南哲(い は なんてつ)のお父さんがとても詳しかったですよ。それで、伊波南哲青年時代にその話をよく聞いてですね、彼は運良く東京出て近衛兵になったんですよね。そして近衛兵になった暇々に書いてそれを叙情詩として出版してあるわけですよね。彼は近衛兵が終わった後、交番で巡査しておったんです。
全体の記録時間数 12:03
物語の時間数 11:30
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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