唐人墓(共通語)

概要

話者の牧野さんのお祖父さんは勉強家で北京語を習っていた。1852年に中国のアモイからアメリカのサンフランシスコに向かっていた英国の船に奴隷が乗せられていた。船内で奴隷二人が殺され海に捨てられたことに怒った奴隷達が反乱を起こし、船長ら六名を殺し船を乗っ取り、石垣の崎枝についた。蔵元は彼らの収容先を富崎に移し、王府からは専門家がやって来た。このときに、牧野さんのお祖父さんが通訳を担当していた。このことが喜舎場永洵先生の本に書かれているのを読んだ牧野さんは、当時の石垣市長にかけあって、台湾の職人さんの手によって現在ある唐人墓が建立された。牧野さんのお祖父さんは明治25年頃に亡くなられた。

再生時間:17:00

民話詳細DATA

レコード番号 47O340850
CD番号 47O34C065
決定題名 唐人墓(共通語)
話者がつけた題名
話者名 牧野清
話者名かな まきのきよし
生年月日 19100519
性別
出身地 沖縄県石垣市字大川
記録日 19980312
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 石垣市登野城 T10 A05
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 牧野さん,お祖父さん,北京語,1852年,中国,アモイ,アメリカ,サンフランシスコ,英国の船,奴隷,殺され海に捨てられた,反乱,乗っ取り,石垣,崎枝,蔵元,富崎,王府,通訳,喜舎場永洵先生,石垣市長,台湾の職人,唐人墓
梗概(こうがい) 話者の牧野さんのお祖父さんは勉強家で北京語を習っていた。1852年に中国のアモイからアメリカのサンフランシスコに向かっていた英国の船に奴隷が乗せられていた。船内で奴隷二人が殺され海に捨てられたことに怒った奴隷達が反乱を起こし、船長ら六名を殺し船を乗っ取り、石垣の崎枝についた。蔵元は彼らの収容先を富崎に移し、王府からは専門家がやって来た。このときに、牧野さんのお祖父さんが通訳を担当していた。このことが喜舎場永洵先生の本に書かれているのを読んだ牧野さんは、当時の石垣市長にかけあって、台湾の職人さんの手によって現在ある唐人墓が建立された。牧野さんのお祖父さんは明治25年頃に亡くなられた。
全体の記録時間数 18:06
物語の時間数 17:00
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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