宜野湾村の始まり話(シマグチ)

概要

後又御獄、前又御獄、又ン殿内、殿は嘉手苅のクサである。昔、この御獄を(嘉手苅が)上納を出さないつもりで、拝所(ハインジュ)として建てた。それで、役場がこれは村のものだと、村にささげた。嘉手苅の人(玉那覇さんの兄だと言っている)が、これではいけなと、後又御獄、又ン殿内殿を買い取って、嘉手苅の名義とした。前又御獄は、今の軍用地の中にある。ここにムラヤーを作るといって、村が渡さなかったが、この御獄は、歴史上嘉手苅のものである。嘉手苅村から宜野湾の村は始まった。又、嘉手苅ウマビーといって、ウマバがあったが、並木が植えられてから宜野湾間切りとして、向うしこつにあるが、本当は嘉手苅村が先である。(玉那覇さんの家は)この嘉手苅の子孫である。嘉手苅は、養子の取りかえしがたくさんあった。それで、この財産(殿内等の)は全部質に入れられていて、それを、玉那覇さんの兄が取りもどした。

再生時間:2:54

民話詳細DATA

レコード番号 47O416878
CD番号 47O41C360
決定題名 宜野湾村の始まり話(シマグチ)
話者がつけた題名 嘉手苅村の村建て
話者名 玉那覇ナへ
話者名かな たまなはなへ
生年月日 18930100
性別
出身地 宜野湾市宜野湾
記録日 19780624
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 宜野湾T03A11
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 80
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 後又御獄,前又御獄,又ン殿内,上納,拝所
梗概(こうがい) 後又御獄、前又御獄、又ン殿内、殿は嘉手苅のクサである。昔、この御獄を(嘉手苅が)上納を出さないつもりで、拝所(ハインジュ)として建てた。それで、役場がこれは村のものだと、村にささげた。嘉手苅の人(玉那覇さんの兄だと言っている)が、これではいけなと、後又御獄、又ン殿内殿を買い取って、嘉手苅の名義とした。前又御獄は、今の軍用地の中にある。ここにムラヤーを作るといって、村が渡さなかったが、この御獄は、歴史上嘉手苅のものである。嘉手苅村から宜野湾の村は始まった。又、嘉手苅ウマビーといって、ウマバがあったが、並木が植えられてから宜野湾間切りとして、向うしこつにあるが、本当は嘉手苅村が先である。(玉那覇さんの家は)この嘉手苅の子孫である。嘉手苅は、養子の取りかえしがたくさんあった。それで、この財産(殿内等の)は全部質に入れられていて、それを、玉那覇さんの兄が取りもどした。
全体の記録時間数 3:09
物語の時間数 2:54
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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