モーイ親方 殿様の難題(共通語)

概要

沖縄にも食料か何かを分担させようとやったら出来ないと断ったので、島津の方が攻めてきて沖縄は負け戦をして王は捕虜として島津に連れて行かれた。察度王の時代から本格的に支那貿易を始めており支那、あるいは南方との貿易で沖縄は非常に裕福であった。支那貿易は毎年何回となくやっているからいろいろな物資がある。それを島津はねらっており、また沖縄は砂糖ができるからそれもしぼりとろうと、重い税を課して沖縄は非常に困っていた。そういう時に島津から難題を持ってきて皆が非常に困っているときにモーイ親方が行っていろいろな難題を解いたという話である。難題の一つは灰で縄をなってこいということであった。島津の方から来てモーイ親方のお父さんと話をするが、モーイが父親に代わって行って難題を解いた。灰で縄をなうというのはこんなたやすい事はないと、縄を持ってきてそれを燃やしてそのまま持って行きなさいと言ったらしい。今ならこのくらい子供でもできそうな問題だがね。それからまた、お父さんは今、お産をもようしているので来ることができないので、私が代わりに来た。と言った。向こうが、男が子供を産むということがあるかと言われたときに何か言ったという話があるが私にはわからない。

再生時間:5:04

民話詳細DATA

レコード番号 47O160492
CD番号 47O16C025
決定題名 モーイ親方 殿様の難題(共通語)
話者がつけた題名
話者名 上江洲清義
話者名かな うえずせいぎ
生年月日 19020523
性別
出身地
記録日 19750615
記録者の所属組織 沖縄口承文芸調査団
元テープ番号 T4 A07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 13
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 島津,支那貿易,難題,モーイ親方,灰で縄
梗概(こうがい) 沖縄にも食料か何かを分担させようとやったら出来ないと断ったので、島津の方が攻めてきて沖縄は負け戦をして王は捕虜として島津に連れて行かれた。察度王の時代から本格的に支那貿易を始めており支那、あるいは南方との貿易で沖縄は非常に裕福であった。支那貿易は毎年何回となくやっているからいろいろな物資がある。それを島津はねらっており、また沖縄は砂糖ができるからそれもしぼりとろうと、重い税を課して沖縄は非常に困っていた。そういう時に島津から難題を持ってきて皆が非常に困っているときにモーイ親方が行っていろいろな難題を解いたという話である。難題の一つは灰で縄をなってこいということであった。島津の方から来てモーイ親方のお父さんと話をするが、モーイが父親に代わって行って難題を解いた。灰で縄をなうというのはこんなたやすい事はないと、縄を持ってきてそれを燃やしてそのまま持って行きなさいと言ったらしい。今ならこのくらい子供でもできそうな問題だがね。それからまた、お父さんは今、お産をもようしているので来ることができないので、私が代わりに来た。と言った。向こうが、男が子供を産むということがあるかと言われたときに何か言ったという話があるが私にはわからない。
全体の記録時間数 5:17
物語の時間数 5:04
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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