サンアイイソバ(共通語)

概要

サカイイソバは一五〇〇年代の伝説ですからね、確固たる資料はないですよね。そのサカイイソバの時代に尚真王が宮古の仲屋金盛に八重山征伐を命じて、そのついでに仲屋金盛が総大将になって与那国征伐に来たわけよね。宮古旧記のアヤグなんかには、与那国には東崎のそばにカランウチっていう人が登れるような滝があるんですよ。仲屋金盛は与那国に来て、そこから引っ返して宮古に帰っていった行ったっていうような話が残ってるんだけれど、与那国の伝えでは、仲屋金盛はカラングンから上がって、与那原村(どなんばるむら)、また、ダティク村を焼き払って、そこ与那原按司(どなんばるあじ)とか、ダティクの按司を惨殺したというんだね。サカイイソバは、この上の島仲ん台(だい)ていう所に居を構えておったんですよね。こにいたサカイイソバが朝起きてみると、火の明かりがぼうぼうしておったからね、サカイイソバは、パサグジっていう断層の割れ目の洞窟から馳せ参じて行って、トゥガタンブに来たところで、仲屋金盛が出くわしたもんだから、サカイイソバは女でも腕力のある女だから、仲屋金盛を捕まえて股を裂こうとしたが、火事が起こってるのを見て、サカイイソバが、「与那原(どなんばる)按司、ダティク按司はどうしたか。イティドゥイか、チンドゥイか〔生け捕りしたのか、殺したのか〕。」と聞くとね、チンドゥイって言ったら、殺したってことになるからね、金盛は、「いや、いや、イティドゥイだ。」って、生け捕りしたって言ったら、サカイイソバは仲屋金盛を放り投げて、それからずうっと東の端に行ってみたらね、与那原(どなんばる)按司、ダティク按司の村は焼き払われて、按司はもう惨殺されておったから、その足で金盛を追跡するわけさね。金盛は、帆安(んだん)の按司も惨殺して焼き払って、今度はティバル按司もやってしまって、ウブンド山に逃げて行くっていうんですよね。サカイイソバはどんどんどんどん追跡していくんだけれど仲屋金盛は既にウブンド山に隠れていて、そこから筏を作って石垣に逃げて行くっていう話があるんですよね。この話は、池間先生の本の中にも入っていて大概の人は知ってるけど、宮古には本当であったという資料があるっていうけど、与那国にはこの資料っていうのはないんですよ。サカイイソバは働き者で牛を七頭連れて、天蛇鼻のパサグから降りて行って飛行場の向こうで牛に水を飲ませ、ずうっと行って比川の方のティバルで苧麻を買ってきてそこからずうっと天蛇鼻に上がっていくと、その行程が約二里ぐらいあるんですが、天蛇鼻に上がって苧麻を紡いで着物を作っていたらしんだよね。また、サンアイイソバは、天蛇鼻のパサグ道にマイブダヤっていう三トンか四トンぐらいの砂岩を持って来るとその上に座って祖納の波多港(なんたこう)に入ってくる船を眺めていたという伝説もあるわけ。その石の下の洞窟にはサカイイソバの墓でイソバの遺骨が葬ってあると昔の人は言うんだね。しかし、サカイイソバの昔の屋号はね、チマフッカって言って、その家の先祖の墓っていう島仲のヌンバルサンアイっていうのもサカイイソバの墓っていうんだね。

再生時間:14:20

民話詳細DATA

レコード番号 47O341724
CD番号 47O34C130
決定題名 サンアイイソバ(共通語)
話者がつけた題名
話者名 宮良保全
話者名かな みやらほぜん
生年月日 19180626
性別
出身地 沖縄県八重山郡与那国町祖納
記録日 19960918
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 与那国町祖納 T05 B04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード サカイイソバ,尚真王,宮古,仲屋金盛,八重山征伐,与那国,宮古旧記,アヤグ,東崎,カランウチ,滝,カラングン,与那原村,どなんばるむら,ダティク村,与那原按司,どなんばるあじ,ダティク,惨殺,島仲ん台,パサグジ,洞窟,トゥガタン,イティドゥイ,チンドゥイ,帆安,ティバル按司,ウブンド山,筏,石垣,天蛇鼻,パサグ道,マイブダヤ,祖納,波多港,船,墓,遺骨,チマフッカ,ヌンバルサンアイ
梗概(こうがい) サカイイソバは一五〇〇年代の伝説ですからね、確固たる資料はないですよね。そのサカイイソバの時代に尚真王が宮古の仲屋金盛に八重山征伐を命じて、そのついでに仲屋金盛が総大将になって与那国征伐に来たわけよね。宮古旧記のアヤグなんかには、与那国には東崎のそばにカランウチっていう人が登れるような滝があるんですよ。仲屋金盛は与那国に来て、そこから引っ返して宮古に帰っていった行ったっていうような話が残ってるんだけれど、与那国の伝えでは、仲屋金盛はカラングンから上がって、与那原村(どなんばるむら)、また、ダティク村を焼き払って、そこ与那原按司(どなんばるあじ)とか、ダティクの按司を惨殺したというんだね。サカイイソバは、この上の島仲ん台(だい)ていう所に居を構えておったんですよね。こにいたサカイイソバが朝起きてみると、火の明かりがぼうぼうしておったからね、サカイイソバは、パサグジっていう断層の割れ目の洞窟から馳せ参じて行って、トゥガタンブに来たところで、仲屋金盛が出くわしたもんだから、サカイイソバは女でも腕力のある女だから、仲屋金盛を捕まえて股を裂こうとしたが、火事が起こってるのを見て、サカイイソバが、「与那原(どなんばる)按司、ダティク按司はどうしたか。イティドゥイか、チンドゥイか〔生け捕りしたのか、殺したのか〕。」と聞くとね、チンドゥイって言ったら、殺したってことになるからね、金盛は、「いや、いや、イティドゥイだ。」って、生け捕りしたって言ったら、サカイイソバは仲屋金盛を放り投げて、それからずうっと東の端に行ってみたらね、与那原(どなんばる)按司、ダティク按司の村は焼き払われて、按司はもう惨殺されておったから、その足で金盛を追跡するわけさね。金盛は、帆安(んだん)の按司も惨殺して焼き払って、今度はティバル按司もやってしまって、ウブンド山に逃げて行くっていうんですよね。サカイイソバはどんどんどんどん追跡していくんだけれど仲屋金盛は既にウブンド山に隠れていて、そこから筏を作って石垣に逃げて行くっていう話があるんですよね。この話は、池間先生の本の中にも入っていて大概の人は知ってるけど、宮古には本当であったという資料があるっていうけど、与那国にはこの資料っていうのはないんですよ。サカイイソバは働き者で牛を七頭連れて、天蛇鼻のパサグから降りて行って飛行場の向こうで牛に水を飲ませ、ずうっと行って比川の方のティバルで苧麻を買ってきてそこからずうっと天蛇鼻に上がっていくと、その行程が約二里ぐらいあるんですが、天蛇鼻に上がって苧麻を紡いで着物を作っていたらしんだよね。また、サンアイイソバは、天蛇鼻のパサグ道にマイブダヤっていう三トンか四トンぐらいの砂岩を持って来るとその上に座って祖納の波多港(なんたこう)に入ってくる船を眺めていたという伝説もあるわけ。その石の下の洞窟にはサカイイソバの墓でイソバの遺骨が葬ってあると昔の人は言うんだね。しかし、サカイイソバの昔の屋号はね、チマフッカって言って、その家の先祖の墓っていう島仲のヌンバルサンアイっていうのもサカイイソバの墓っていうんだね。
全体の記録時間数 14:29
物語の時間数 14:20
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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