与那国の祭り(共通語)

概要

与那国を治めていた人は、もとからサカイイソバですよね。ガジュマルの木を与那国の人サンアイと言っているさ。その木の側で生まれた人で、名前をイソバって言ったのでサンアイイソバと言われるようになった。この人は女の人だけど、与那国を支配したわけさな。よく豊見親(とぅいみゃー)王なんかとの話なんかあるんだけど、それは分からない。そのころ、毎年のように海賊船が与那国に久部良から入ってくるのよね、そして、みんなもう隠れても探されて、人喰い勝負というか、人殺し勝負というのかな、そういう被害があったらしいよね。ある時、久部良に西崎(いりさてぃ)っていう所があるでしょ。向こうから見ると、向こうの水平線の方から船が二、三隻ぐらいのやって来るのを見たらしいよね。だから、「これは、サカイイソバに見届けてもらわないといけない。」と言って島仲まで走って行って申し上げたら、「よし、こいつらは絶対今度は逃(のが)さない。」と言ってね、あの頃馬がいたかどうか知んけど、早馬に乗って来たっていう話もあるんだけどね。そこで与那国にはクバって、ビロウがいっぱいあるでしょ。久部良はクバがある大変な山だったらしいよね。それを根こそぎ取ってはみんな投げ、取っては投げ投げて、その時にやったのから、向こうは原っぱになったという話だけどさ。今ではもうクバの葉植えてあるんだけどさ。そのとき、海賊船が入ってきてそれを見たから、「あら、こういうふうな大きなね、こんなして根こそぎ引いてここに投げるのは、この島に入ったら大変だ、危ないぞ。ここにはどんなのがいるか分からんからもう怖い。」って、それから逃げたってさ。そのサンアイイソバがサカイイソバに変わり、また、この人の子孫は、今は島袋に変わって跡取りしているんです。それから、海賊船の防止の願いとして、久部良の祭はあるっていうことなのね。それが伝わり伝わって、島仲は、世果報の願いね。そんでまたこの祖納部落は、牛、馬がいないと農業が栄えないから、牛、馬の繁盛願いをして、もうだんだん年々人間がたくさん住むようになったから、牛馬の願いのときには、その年その年に生まれた自分の家の牛馬には、家判(やーはん)と同じような家によって決まった判があるさ。その家の判を同じはんこを自分でみんな耳の適当な場所に付けて、そして、この牛馬の繁盛と牛馬が病気しないようにって願うんですね。
 二月牛願(にんがちうちにが)いは部落から西の方に、八月牛願(はてぃがちうちにが)いは、部落から東の方にみんな七、八人必ずいる自分で親族を集めて、こうして餅を作り、こういうような重箱の御馳走作り、刺し身を作り、ニラっていうのはとっても栄え繁盛の野菜であるっていうことで、刺し身に入れるのはニラが絶対欠かせないわけ。だから必ずこれを刺し身にこれ混ぜるわけね。そして向こうに行って酒飲んで、牛のお祝いっていってからみんな自分の牛を連れてきて、そして、今度生まれた牛は、その日に耳に判を付ける。そういうお祝いをやる祭が祖納部落の祭りです。こいった今度、ンディムラ、比川はね、比川は嫁取り婿取りして、人口の繁盛の祝い、それから、二五日間のフザン祭では比川では海上安全、安泰の願いの旅果報(たびが ふ )の願いを向こうに回ってやって、それが終わると、みんなやって止めだということで向こうで、今度銅鑼鐘を鳴らしてから、ミルク節とか、ドナンのミティ歌でね、家(うち)に帰ってきて、もうアンタドゥミと言ってね、もう十山(とやま)でドゥンタしたりしてね、それで終わるわけ。そいうことです。だから、二五日間、絶対に島内で四つ足を殺さないっていうのが、これの一番の特徴さ。だけど今は冷凍がいっぱいあるでしょう。だから関係のない人はみんな買って食べるんだけどね、それに関係する人は旧の八月から四つ足はね、絶対食べないで精進するの。ただ、鶏はそうでないんだけどね。これは今日までこれは続けているんだけど今はみんな島外に出ているから関係者がいなくなって、とても寂しい祭りなんだけど、久部良祭は久部良の公民館長と役員がする。比川は、比川の公民館長がやっていて、ここは東部落の館長がやる。比川のフザン祭は西館長がやる。そしてみんな昔から伝統的にみんなこう分かれてやってる。今はもうそうでもないんだけどさ、昔の関係者はその間は精進するという意味で、旧の八月から三か月間は全然食べないでね、精進してからやるんですよ。旧の一一月、一二月が来ると、次の年の日取りあるんですね。その日から二五日間といって、これはもう役員で決めるわけ。

再生時間:7:05

民話詳細DATA

レコード番号 47O341642
CD番号 47O34C125
決定題名 与那国の祭り(共通語)
話者がつけた題名
話者名 冨里康子
話者名かな ふさとやすこ
生年月日 19160723
性別
出身地 沖縄県八重山郡与那国町祖納
記録日 19960917
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 与那国町祖納 T02 A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説、 民俗
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 与那国,サカイイソバ,ガジュマルの木,サンアイ,サンアイイソバ,海賊船,久部良,人喰い,人殺し,西崎,いりさてぃ,島仲,クバ,ビロウ,世果報,祖納部落,牛馬の願い,家判,耳,二月牛願い,にんがちうちにがい,八月牛願い,はてぃがちうちにがい,親族,餅,御馳走,刺し身,ニラ,比川,嫁取り,婿取り,人口の繁盛,二五日間,フザン祭,海上安全,安泰の願い,旅果報の願いを,銅鑼鐘,ミルク節,ドナンのミティ歌,アンタドゥミ,十山,ドゥンタ,四つ足
梗概(こうがい) 与那国を治めていた人は、もとからサカイイソバですよね。ガジュマルの木を与那国の人サンアイと言っているさ。その木の側で生まれた人で、名前をイソバって言ったのでサンアイイソバと言われるようになった。この人は女の人だけど、与那国を支配したわけさな。よく豊見親(とぅいみゃー)王なんかとの話なんかあるんだけど、それは分からない。そのころ、毎年のように海賊船が与那国に久部良から入ってくるのよね、そして、みんなもう隠れても探されて、人喰い勝負というか、人殺し勝負というのかな、そういう被害があったらしいよね。ある時、久部良に西崎(いりさてぃ)っていう所があるでしょ。向こうから見ると、向こうの水平線の方から船が二、三隻ぐらいのやって来るのを見たらしいよね。だから、「これは、サカイイソバに見届けてもらわないといけない。」と言って島仲まで走って行って申し上げたら、「よし、こいつらは絶対今度は逃(のが)さない。」と言ってね、あの頃馬がいたかどうか知んけど、早馬に乗って来たっていう話もあるんだけどね。そこで与那国にはクバって、ビロウがいっぱいあるでしょ。久部良はクバがある大変な山だったらしいよね。それを根こそぎ取ってはみんな投げ、取っては投げ投げて、その時にやったのから、向こうは原っぱになったという話だけどさ。今ではもうクバの葉植えてあるんだけどさ。そのとき、海賊船が入ってきてそれを見たから、「あら、こういうふうな大きなね、こんなして根こそぎ引いてここに投げるのは、この島に入ったら大変だ、危ないぞ。ここにはどんなのがいるか分からんからもう怖い。」って、それから逃げたってさ。そのサンアイイソバがサカイイソバに変わり、また、この人の子孫は、今は島袋に変わって跡取りしているんです。それから、海賊船の防止の願いとして、久部良の祭はあるっていうことなのね。それが伝わり伝わって、島仲は、世果報の願いね。そんでまたこの祖納部落は、牛、馬がいないと農業が栄えないから、牛、馬の繁盛願いをして、もうだんだん年々人間がたくさん住むようになったから、牛馬の願いのときには、その年その年に生まれた自分の家の牛馬には、家判(やーはん)と同じような家によって決まった判があるさ。その家の判を同じはんこを自分でみんな耳の適当な場所に付けて、そして、この牛馬の繁盛と牛馬が病気しないようにって願うんですね。  二月牛願(にんがちうちにが)いは部落から西の方に、八月牛願(はてぃがちうちにが)いは、部落から東の方にみんな七、八人必ずいる自分で親族を集めて、こうして餅を作り、こういうような重箱の御馳走作り、刺し身を作り、ニラっていうのはとっても栄え繁盛の野菜であるっていうことで、刺し身に入れるのはニラが絶対欠かせないわけ。だから必ずこれを刺し身にこれ混ぜるわけね。そして向こうに行って酒飲んで、牛のお祝いっていってからみんな自分の牛を連れてきて、そして、今度生まれた牛は、その日に耳に判を付ける。そういうお祝いをやる祭が祖納部落の祭りです。こいった今度、ンディムラ、比川はね、比川は嫁取り婿取りして、人口の繁盛の祝い、それから、二五日間のフザン祭では比川では海上安全、安泰の願いの旅果報(たびが ふ )の願いを向こうに回ってやって、それが終わると、みんなやって止めだということで向こうで、今度銅鑼鐘を鳴らしてから、ミルク節とか、ドナンのミティ歌でね、家(うち)に帰ってきて、もうアンタドゥミと言ってね、もう十山(とやま)でドゥンタしたりしてね、それで終わるわけ。そいうことです。だから、二五日間、絶対に島内で四つ足を殺さないっていうのが、これの一番の特徴さ。だけど今は冷凍がいっぱいあるでしょう。だから関係のない人はみんな買って食べるんだけどね、それに関係する人は旧の八月から四つ足はね、絶対食べないで精進するの。ただ、鶏はそうでないんだけどね。これは今日までこれは続けているんだけど今はみんな島外に出ているから関係者がいなくなって、とても寂しい祭りなんだけど、久部良祭は久部良の公民館長と役員がする。比川は、比川の公民館長がやっていて、ここは東部落の館長がやる。比川のフザン祭は西館長がやる。そしてみんな昔から伝統的にみんなこう分かれてやってる。今はもうそうでもないんだけどさ、昔の関係者はその間は精進するという意味で、旧の八月から三か月間は全然食べないでね、精進してからやるんですよ。旧の一一月、一二月が来ると、次の年の日取りあるんですね。その日から二五日間といって、これはもう役員で決めるわけ。
全体の記録時間数 7:10
物語の時間数 7:05
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP