塩川御嶽由来(方言)

概要

昔、豊見時代に、パリマ村にパリマタマダラという首長がいた。ある日、畑を耕していると、白鳥の群れが大きな岩を運んでいるのが見えたので、一休みするように言うと、白鳥は降りてきたが再び飛ぼうとした時、大きな岩を持ち上げることが出来なかった。パリマタマダラの勧めで、その岩はそのまま畑に残していくことになった。その岩は塩川御嶽の境内に今でも残っている。それはカムナマ(神名真)という所から持ってきた岩である。白鳥は実は神様で、その名をアスピカギ、ハベルカギ、ウプアルズといった。その神に名を尋ねられたパリマタマダラが、自分の名前を告げると、神様が、「その名は余りよくない。親切にしてもらったから」と、パリマウフトゥという名前を与えられる。その時からパリマタマダラではなく、パリマウフトゥヌとなる。そのパリマウフトゥヌには知勇に優れた息子がいた。パリマウフトゥヌと勢力争いをしていた仲宗根のウウタバル(土原)豊見親は、パリマウフトゥヌの息子を亡き者にしようと企み、パリマウフトゥヌに、息子がフタツ川(ライ病の人間が集まって住んでいる所)の娘に恋している、と言う。怒ったパリマウフトゥヌは息子を切り殺そうとする。息子は父に殺されるよりも自害した方がいいと自害してしまう。(そこがサンカク森である。)その後、手足をもぎ取られたようになったパリマウフトゥヌは、ンタバル豊見親に勢力を奪われ、多良間はンタバル豊見親が統一し、治めることになった。ンタバル豊見親は他に部落を作らせないために、抱護林をめぐらし、見張りを置き、そこからガンを出さないようにした。

再生時間:4:09

民話詳細DATA

レコード番号 47O234576
CD番号 47O23C239
決定題名 塩川御嶽由来(方言)
話者がつけた題名
話者名 野里栄
話者名かな のさとさかえ
生年月日 19100601
性別
出身地 多良間村字塩川
記録日 19780808
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 多良間T25A04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 多良間村の民話P208
キーワード 豊見時代,パリマ村,パリマタマダラ,首長,畑,白鳥の群れ,大きな岩,塩川御嶽の境内,カムナマ,神様,アスピカギハベルカギウプアルズ,自分の名前,パリマウフトゥ,知勇に優れた息子,勢力争い,仲宗根のウウタバル豊見親,パリマウフトゥヌの息子,亡き者,フタツ川の娘に恋,自害,手足をもぎ取られた,多良間,抱護林,見張り,ガンを出さない
梗概(こうがい) 昔、豊見時代に、パリマ村にパリマタマダラという首長がいた。ある日、畑を耕していると、白鳥の群れが大きな岩を運んでいるのが見えたので、一休みするように言うと、白鳥は降りてきたが再び飛ぼうとした時、大きな岩を持ち上げることが出来なかった。パリマタマダラの勧めで、その岩はそのまま畑に残していくことになった。その岩は塩川御嶽の境内に今でも残っている。それはカムナマ(神名真)という所から持ってきた岩である。白鳥は実は神様で、その名をアスピカギ、ハベルカギ、ウプアルズといった。その神に名を尋ねられたパリマタマダラが、自分の名前を告げると、神様が、「その名は余りよくない。親切にしてもらったから」と、パリマウフトゥという名前を与えられる。その時からパリマタマダラではなく、パリマウフトゥヌとなる。そのパリマウフトゥヌには知勇に優れた息子がいた。パリマウフトゥヌと勢力争いをしていた仲宗根のウウタバル(土原)豊見親は、パリマウフトゥヌの息子を亡き者にしようと企み、パリマウフトゥヌに、息子がフタツ川(ライ病の人間が集まって住んでいる所)の娘に恋している、と言う。怒ったパリマウフトゥヌは息子を切り殺そうとする。息子は父に殺されるよりも自害した方がいいと自害してしまう。(そこがサンカク森である。)その後、手足をもぎ取られたようになったパリマウフトゥヌは、ンタバル豊見親に勢力を奪われ、多良間はンタバル豊見親が統一し、治めることになった。ンタバル豊見親は他に部落を作らせないために、抱護林をめぐらし、見張りを置き、そこからガンを出さないようにした。
全体の記録時間数 4:09
物語の時間数 4:09
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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