大和墓由来(共通語)

概要

廃屋になっているけれど池間という家があったが、そこの家の話。御嶽山にやせた男の人がいた。その御嶽の神様に供える水とかご馳走がなくなっていることに気づいた司が翌日行くと、その男が来て、「実は私が花活けの水やご馳走を頂いているのだ」と言った。司(ツカシャンマ)は自分の家から食糧を持って来て上げた。司がたずねるとその人は内地の人で、平屋西(ピヤニシ、方言:ペームストゥユミ)という人だった。男は恩返しとして司に墓を造って上げた。それが大和墓である。墓は現在も残っており、司の家の庭には御願所があって旧暦の6月にはナツデーという祭りを行なっている。平屋西は多良間豊見親の父親で、多良間の歴史になるだろうと考えた。平の字から平氏の一族と考えられる。

再生時間:3:01

民話詳細DATA

レコード番号 47O234394
CD番号 47O23C228
決定題名 大和墓由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 下里春森
話者名かな しもざとしゅんしん
生年月日 19041010
性別
出身地 多良間村字仲筋 
記録日 19780808
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 多良間T16A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 多良間村の民話P204
キーワード 廃屋,池間,御嶽山,やせた男,御嶽の神様,供える水,ご馳走,司,内地の人,平屋西,恩返し,墓,大和墓,御願所,旧暦の6月,ナツデー,平屋西,多良間豊見親の父親
梗概(こうがい) 廃屋になっているけれど池間という家があったが、そこの家の話。御嶽山にやせた男の人がいた。その御嶽の神様に供える水とかご馳走がなくなっていることに気づいた司が翌日行くと、その男が来て、「実は私が花活けの水やご馳走を頂いているのだ」と言った。司(ツカシャンマ)は自分の家から食糧を持って来て上げた。司がたずねるとその人は内地の人で、平屋西(ピヤニシ、方言:ペームストゥユミ)という人だった。男は恩返しとして司に墓を造って上げた。それが大和墓である。墓は現在も残っており、司の家の庭には御願所があって旧暦の6月にはナツデーという祭りを行なっている。平屋西は多良間豊見親の父親で、多良間の歴史になるだろうと考えた。平の字から平氏の一族と考えられる。
全体の記録時間数 3:01
物語の時間数 3:01
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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