戦前は、我々が小学校のころまではキジムナーも多かったですよね。平安座の学校の裏門のすぐ近くに、約三十メートルか四十メートルぐらいのところに、今は民家があるけどもね。あのころは田んぼのまん中に、ちょうど傘をさしたようなフクギの木が一本あったんですよ。これ今もあるんですが、そこはキジムナーの住処(すみか)だったんですよ。あれは本家じゃなかったですかな。ムートゥドゥクル(宗家)。キジムナーの門中の家だったんじゃないかと。で、そこに行けばいつでもキジムナーを呼びよったんだね。僕等が小さいころ、遊ぶのがなければ、今の夏の宵とか、さほど月がこうこうと照ってないで、月が程よく出ている所さ。走って逃げるのに怪我しない程度の、転ばない程度の明るさの晩などに、四、五名とか、五、六名で、組みを作って言うわけ。一番意地のある者から交替でね、キジムナーを呼びだしに行くわけですよ。キジムナーとの遊び方はいろいろあったけれども、フクギぐわ ーの後ろのキジムナーを呼び出すときに、例えば細い竹に節が五つあるならば、五つある節の先に一本の線香 汲ムつけて灯してね。そして偉いやつが代表して行って、残りのみんなはその四、五メートルぐらい後ろの方で待ってるわけ。で、そのフクギの木の下に行ったら、キジムナーと相談するわけ。今から我々を捕まえられるかどうかと言ってね。そこれはキジムナーとの約束。ぜったいこれだけはキジムナーも守ってくれる。キジムナーに追われて逃げていく時に、竹の節が五つあったら、橋五つを越えたらもう追っかけないという規則を、キジムナーと大昔から約束しておる。キジムナーは人間みたいに嘘つかないでね、もう約束守ってくれるわけよ。それから、いっしょに遊んでいる子どもの中に、小さい子供が、たとえば小学校の一年とか、今の幼稚園生ぐらいの子が中に入っておると、五つはよう逃げきれんから、今度は三つぐらいにするわけね。橋三つ越えたら、「ああ、助かった」と言ってさ。そしてしばらく休んで、キジムナーも一息入れさせてからね、それでまた、強いものがそろったら、今度は橋を七つとか言って、だんだん長くするわけ。やっぱりキジムナーが約束を守ってくれるし、その協定を守るもんで、子供たちも逃げ足が速いから、捕まったという試しはちょっとなかったけどね。キジムナーに捕まえられて目玉をくらったとか、そういうものは経験なかったさ。捕まってうんとおさえられて、それでもう、一晩中寝起きができないで苦しめられたとか。我々より、ずっと昔の人はあったかもしれないけどもね。それで、最近はもうないけども、終戦しばらくまでは、軍のキャンプとか、そういう野っ原にテント小屋作っね。アメリカ製の簡単な組み立ての寝台に寝ておったときには、やっぱりこのキジムナーにおさえられたという人もおったよ。この人は、キジムナーと友達だったのか、キジムナーから目をつけられていたのか、よくおさえつけられてたな。こうして我々は起きていて、本人は寝てるけど、寝てるけどキジムナーにおさえられたって、もうウンウンうなっておった。で、どうするかと見ておったら、あとは起きてね、その寝台に吊(つ)ってある蚊帳(かや)の周囲に、こう唾(つば)を吐いていくんですよ。そしたら、キジムナーはこないのか分からんが、本人はそうやって、あとはまた安心して朝まで寝ておった。あくる日、「あんたは、昨夜キジムナーに襲われたっていうんだが、キジムナーはどうしているのか。」と聞いても、あまり教えてくれなかったけどね。
| レコード番号 | 47O412023 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C077 |
| 決定題名 | キジムナーとの遊び(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 西村勇 |
| 話者名かな | にしむらいさむ |
| 生年月日 | 19290520 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 与那城村平安座 |
| 記録日 | 19870801 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 与那城村T19A03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | よなぐすくの民話P281 |
| キーワード | フクギの木,キジムナーの住処,キジムナーとの遊び |
| 梗概(こうがい) | 戦前は、我々が小学校のころまではキジムナーも多かったですよね。平安座の学校の裏門のすぐ近くに、約三十メートルか四十メートルぐらいのところに、今は民家があるけどもね。あのころは田んぼのまん中に、ちょうど傘をさしたようなフクギの木が一本あったんですよ。これ今もあるんですが、そこはキジムナーの住処(すみか)だったんですよ。あれは本家じゃなかったですかな。ムートゥドゥクル(宗家)。キジムナーの門中の家だったんじゃないかと。で、そこに行けばいつでもキジムナーを呼びよったんだね。僕等が小さいころ、遊ぶのがなければ、今の夏の宵とか、さほど月がこうこうと照ってないで、月が程よく出ている所さ。走って逃げるのに怪我しない程度の、転ばない程度の明るさの晩などに、四、五名とか、五、六名で、組みを作って言うわけ。一番意地のある者から交替でね、キジムナーを呼びだしに行くわけですよ。キジムナーとの遊び方はいろいろあったけれども、フクギぐわ ーの後ろのキジムナーを呼び出すときに、例えば細い竹に節が五つあるならば、五つある節の先に一本の線香 汲ムつけて灯してね。そして偉いやつが代表して行って、残りのみんなはその四、五メートルぐらい後ろの方で待ってるわけ。で、そのフクギの木の下に行ったら、キジムナーと相談するわけ。今から我々を捕まえられるかどうかと言ってね。そこれはキジムナーとの約束。ぜったいこれだけはキジムナーも守ってくれる。キジムナーに追われて逃げていく時に、竹の節が五つあったら、橋五つを越えたらもう追っかけないという規則を、キジムナーと大昔から約束しておる。キジムナーは人間みたいに嘘つかないでね、もう約束守ってくれるわけよ。それから、いっしょに遊んでいる子どもの中に、小さい子供が、たとえば小学校の一年とか、今の幼稚園生ぐらいの子が中に入っておると、五つはよう逃げきれんから、今度は三つぐらいにするわけね。橋三つ越えたら、「ああ、助かった」と言ってさ。そしてしばらく休んで、キジムナーも一息入れさせてからね、それでまた、強いものがそろったら、今度は橋を七つとか言って、だんだん長くするわけ。やっぱりキジムナーが約束を守ってくれるし、その協定を守るもんで、子供たちも逃げ足が速いから、捕まったという試しはちょっとなかったけどね。キジムナーに捕まえられて目玉をくらったとか、そういうものは経験なかったさ。捕まってうんとおさえられて、それでもう、一晩中寝起きができないで苦しめられたとか。我々より、ずっと昔の人はあったかもしれないけどもね。それで、最近はもうないけども、終戦しばらくまでは、軍のキャンプとか、そういう野っ原にテント小屋作っね。アメリカ製の簡単な組み立ての寝台に寝ておったときには、やっぱりこのキジムナーにおさえられたという人もおったよ。この人は、キジムナーと友達だったのか、キジムナーから目をつけられていたのか、よくおさえつけられてたな。こうして我々は起きていて、本人は寝てるけど、寝てるけどキジムナーにおさえられたって、もうウンウンうなっておった。で、どうするかと見ておったら、あとは起きてね、その寝台に吊(つ)ってある蚊帳(かや)の周囲に、こう唾(つば)を吐いていくんですよ。そしたら、キジムナーはこないのか分からんが、本人はそうやって、あとはまた安心して朝まで寝ておった。あくる日、「あんたは、昨夜キジムナーに襲われたっていうんだが、キジムナーはどうしているのか。」と聞いても、あまり教えてくれなかったけどね。 |
| 全体の記録時間数 | 6:49 |
| 物語の時間数 | 6:49 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |