浮原島と難破船(共通語)

概要

シシ浮原(うきばる)の小島に、難破船が流れてきたので、当時の勝連間切(まぎり)の人々は、その水やその他の物も準備して、助けようと船を出して行ったそうです。だけど、難破船に乗っていた人たちは、やっぱり始めのうちは殺されると思って逃げ隠れして、どうにもこうにも手のつけようがなくて、困っておったそうです。勝連間切りの人々が、持っていた神酒(みき)をターグ(桶)から杓(ひしゃく)で汲んで、落として見せたら、「あはぁ、助け人(びと)だなぁ。」と分かって近づいてきたそうだ。今度はその人たちを勝連間切りの役場に連れてきて、いたわり尽くして、時の公儀(くーじ)に渡したそうだ。公儀の方もいたわり尽くした後、船も建造して、その人々の国に帰したというところまでは分かっておるようです。ところが、当時の琉球王府は、どこの国の人であったということも、勝連間切りに報告がなかったんですよ。私のお父さんがいつも怒っていたのはこれですよ。こんな歴史も沖縄ではうやむやになってしまってね。

再生時間:1:52

民話詳細DATA

レコード番号 47O411311
CD番号 47O37C045
決定題名 浮原島と難破船(共通語)
話者がつけた題名
話者名 平安座蒲安
話者名かな へんざかまやす
生年月日 19100702
性別
出身地 与那城村屋慶名
記録日 19861214
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 与那城村T18A07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 お父さんから聞いた。
キーワード シシ浮原,難破船,勝連間切
梗概(こうがい) シシ浮原(うきばる)の小島に、難破船が流れてきたので、当時の勝連間切(まぎり)の人々は、その水やその他の物も準備して、助けようと船を出して行ったそうです。だけど、難破船に乗っていた人たちは、やっぱり始めのうちは殺されると思って逃げ隠れして、どうにもこうにも手のつけようがなくて、困っておったそうです。勝連間切りの人々が、持っていた神酒(みき)をターグ(桶)から杓(ひしゃく)で汲んで、落として見せたら、「あはぁ、助け人(びと)だなぁ。」と分かって近づいてきたそうだ。今度はその人たちを勝連間切りの役場に連れてきて、いたわり尽くして、時の公儀(くーじ)に渡したそうだ。公儀の方もいたわり尽くした後、船も建造して、その人々の国に帰したというところまでは分かっておるようです。ところが、当時の琉球王府は、どこの国の人であったということも、勝連間切りに報告がなかったんですよ。私のお父さんがいつも怒っていたのはこれですよ。こんな歴史も沖縄ではうやむやになってしまってね。
全体の記録時間数 2:18
物語の時間数 1:52
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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