「勝連(かっちん)のへにし 内間与那城(うちまよなぐしく) 島先(しまさち)や平敷屋(ひしちや) 安勢理(あしり)饒辺(ゆひん)。」こういう古い歌があります。内間という部落は今は平安名の東の方にあります。昔は今の与那城(ゆなぐしく)の南側にあったそうですが、そこは狭くて、今の南風原があるところに部落移動するということで役場に願い出て、許可を得ていた。そのとき、南風原という部落も城の南側にあって、そこも狭くて傾斜地(けいしゃち)だった。それで、今の部落の敷地に移動しようという計画があった。ところが、内間の部落が先になって、許しを受けた。勝連バーマはそれを聞いて南風原の部落の人たちに命じて、早めに部落計画をさせた。「私は公義(くーじ)〔王府〕に願い出るから、あんたがた準備してお来なさい。」と言って、準備させていたらしい。そして、勝連バーマがちょうど宜野湾の街道を通るときに、内間の役目の人は許可を受けて帰るところであった。そしたら、内間の人は、「あれは勝連バーマだ。願いに行くのはまちがいないから。」と言って引き止めた。勝連バーマは、「その手には乗らない。私はほかに用事があって行くんだから。」と言って、内間の人を振りきって公儀に願い出た。しかし、公儀の役人は、「これは内間が先に許可を受けたからもうできない。」と言った。ところが勝連バーマという人は、浜掟(はまうっち)の時代にいろいろと税金を完納したり、魚を生け捕りにしていて、天気の悪いときは公儀にあげていたので、バーマには非常に恩義があった。勝連バーマのいうことも聞かなければならんから、もっと上の役人に願い出たら、「それならば、勝連バーマの方に許可しよう。」と言って、許可したそうだ。バーマが南風原に帰ってきたら、南風原の部落の人たちは部落計画を進めていて、新しい土地に木も植えていた。だからもう、どうすることもできない。それで、南風原は今のところに移動したということです。で、今でも南風原では、毎年、勝連バーマの偉業をたたえて、部落全体でお祭りをしておる。お宮を作って、崇めておるそうですよ。
| レコード番号 | 47O411204 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C041 |
| 決定題名 | 勝連バーマ 南風原移住(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 山里清順 |
| 話者名かな | やまざとせいじゅん |
| 生年月日 | 18970715 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 与那城村饒辺 |
| 記録日 | 19861123 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 与那城村T14A13 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | よなぐすくの民話P352 |
| キーワード | 勝連,内間与那城,平敷屋,安勢理,饒辺,南風原,部落移動,勝連バーマ |
| 梗概(こうがい) | 「勝連(かっちん)のへにし 内間与那城(うちまよなぐしく) 島先(しまさち)や平敷屋(ひしちや) 安勢理(あしり)饒辺(ゆひん)。」こういう古い歌があります。内間という部落は今は平安名の東の方にあります。昔は今の与那城(ゆなぐしく)の南側にあったそうですが、そこは狭くて、今の南風原があるところに部落移動するということで役場に願い出て、許可を得ていた。そのとき、南風原という部落も城の南側にあって、そこも狭くて傾斜地(けいしゃち)だった。それで、今の部落の敷地に移動しようという計画があった。ところが、内間の部落が先になって、許しを受けた。勝連バーマはそれを聞いて南風原の部落の人たちに命じて、早めに部落計画をさせた。「私は公義(くーじ)〔王府〕に願い出るから、あんたがた準備してお来なさい。」と言って、準備させていたらしい。そして、勝連バーマがちょうど宜野湾の街道を通るときに、内間の役目の人は許可を受けて帰るところであった。そしたら、内間の人は、「あれは勝連バーマだ。願いに行くのはまちがいないから。」と言って引き止めた。勝連バーマは、「その手には乗らない。私はほかに用事があって行くんだから。」と言って、内間の人を振りきって公儀に願い出た。しかし、公儀の役人は、「これは内間が先に許可を受けたからもうできない。」と言った。ところが勝連バーマという人は、浜掟(はまうっち)の時代にいろいろと税金を完納したり、魚を生け捕りにしていて、天気の悪いときは公儀にあげていたので、バーマには非常に恩義があった。勝連バーマのいうことも聞かなければならんから、もっと上の役人に願い出たら、「それならば、勝連バーマの方に許可しよう。」と言って、許可したそうだ。バーマが南風原に帰ってきたら、南風原の部落の人たちは部落計画を進めていて、新しい土地に木も植えていた。だからもう、どうすることもできない。それで、南風原は今のところに移動したということです。で、今でも南風原では、毎年、勝連バーマの偉業をたたえて、部落全体でお祭りをしておる。お宮を作って、崇めておるそうですよ。 |
| 全体の記録時間数 | 5:19 |
| 物語の時間数 | 4:19 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |