尚円王 逆田 釣り針(共通語)

概要

尚円王(しょうえんおう)は、伊平屋王加那志(いはおうがなし)というて、こっちの我喜屋にも屋蔵屋敷があるが、あの人の屋敷は、前地(まいじー)のね、前地屋蔵で、こういう人は神であるから何のことも分かりよった。あれが前地にいた時は、この人の田圃は、ずうっと上にあるのに、どんな旱でもね、田は水いっぱいいっぱいしてね、いつも水がありよったからこの田はどんな年でも作る米は非常に上出来してね。だから、人はこの人の田圃をもう逆田(さかた)というていたそうです。あれは、向こうの女たちがね、もう非常に望んで、もう女連中が皆集まってね、夜、人の寝た後から桶(たんご)で担いで、この人の田圃に水を入れよったから水がいつもあったそうですよ。だから、前地の男連中がこの人をもう憎んで、「女全部があの人を気に入って、もう自分らには、女は少しも向かん。もうこんなだから、これはあの人を殺さなければいかん。」と言うていたらね、それをあれを住まわせていた女の宿主がそれを聞いてね、本人に、「もうあんたは近いうちにね、殺される立場であるから、こっちからもう早く山原(やんばる)に逃げなさい。いつかあんたは、国の王になるか知らんから、その覚悟をして自分の身を守りなさい。」とこの女宿主は言うてね、この尚円に女姿(いなぐすがい)させて、女に化けらしてね、サバニは、海人(うみんちゅ)が準備したらしいから、この主はもうこのサバニで海に行くというふりしてね、女宿主に別れて行って、国頭(くんじゃん)の喜如嘉(ちじゅかー)に着いたそうですよ。だから、「もうこっちまで来たから、安心。」と言ってね、そこに住んでいたんだが、国頭(くんじゃん)喜如嘉(ちじゅかー)では、またどんなするかといったら、この人はね、いつでもね、もう浜から歩いてね、釣(ちゅ)りしてね、人の釣り針はやっぱ曲がって返しがあるがね、この人の針は真っ直ぐな針一つであったの。その針一つでもね、魚がたくさん釣れて、「これー珍(ひる)ましむん。」ともう皆が驚いていると、この人はもう毎日魚たくさん釣って、自分はおかずがばかり食べてね、取った魚は字の道歩く人に皆にくれよったと。それで、この人は、もう神のように綺麗だし、ジンブン(知恵)持(む)ちだし、もうだから、「もうこの人はもう滅多にいない。」と皆に褒められてね、もうこれがさ、女たちにまた非常に望まれていたからね、そのうちに、喜如嘉(ちじゅかー)の二才達(にせーたー)に、また憎まれてね。それから、今度は国頭(くんじゃん)奥間(うくま)に行ってね、区長なんか偉い人の所に行ったら、向こうでもいろいろ人を助けたり、魚を分けてやったりしたから、非常に人に崇(あが)められて、「もうあんたには、だれも適(かな)わない。」と、この国頭(くんじゃん)奥間(うくま)の村長のような偉いボスに人になっていたと。ちょうどそのころは、首里城(しゅりぐしく)の王様は、尚徳王というてね、自分の国の沖縄(うちなー)は守らんで、上納物(じょうのうもん)没収して、人民には食われんもん食わしてね、で、二号も三号もいて女(いなぐ)事(ぐとぅ)としてね、こういうふうにわがままなことして人民に困らせていたそうだ。その尚徳王が津堅(ちきん)久高(くらかー)の久高島に行ったら、向こうは久高の神といって、何か歴史から見ても、沖縄の建ちはじめは久高(くらか)島とあるがね、国王が歩く所には、やっぱ妾がいる。その尚徳王が久高島に渡っている時に、首里城(す いぐしく)では、摂政(しっし)三司官(さんしくわん)から皆集まってね、あの時代は沖縄といわんからね、琉球と言うているからね、「こういう王様では、琉球はとても立ってはいかれんから、今のうちに王様をかえないといけない。」と吟味(じんみ)して、「今のうちにもう王様もきりかえないといかなければ駄目。」と言うて、国々から、今のようにやっぱ伊平屋村は伊平屋の村長、中頭は中頭村とあの時の偉い人が昔の政府のある首里城に集まった。「こんなに食物をみな自分らでせしめて、女ごとばかりしているから今の王様を止めさせる。誰(たれ)に王様を継がせるか。」と摂政(しっし)三司官(さんしくわん)が言ったら、「王を継ぐのは、これは人民食(じんみんか)ましふるどぅ我(わ)が大主(うふすー)。」と食べらす人が本当の国の王様なるべきと言うてね、「そうしたら誰(たれ)がなるべきか。」と、皆で吟味したら、あとは、「あの国頭(くんじゃん)の奥間(うくま)御鎖(うじゃし)。あれでなければできない。」と言うことを聞いてね、皆でそうきめたら、「その人どこにいるか。」となって、「国頭(くんじゃん)。」「何時(いちゅ)の何月(なんぐわつ)に連れにくるから。」と言うて、国頭(くんじゃん)の奥間(うくま)に迎えに行った。その尚円王は海からね、もう魚をたくさん釣って担いで家に帰ってくるときに、向こうからもう家来をひきつれた侍(さむれー)が集まって、皆首里の御旗(みはた)揚げてね、もう法螺(ぶら)を吹き、太鼓たたいてね、着物ももう向こうから準備して、やって来て、「奥間(うくま)御鎖(うじゃし)、もう貴方(うんじゅ)は、位の高いお方だから、首里の王になってください。」と言うたら、尚円王は、「ああ自分はそういう王様になることは出来ない。」と言うたがね、偉い人が皆で来て頼んだのだから、すぐ首里城(すいぐしく)に行って王様になった。これは伊平屋(いはー)からでたからもう伊平屋(いはー)王加那志(おうがなし)と言って尚円王になっている。この話を尚徳王は久高島で聞いてね、「人民をあわれさせて琉球の国を守れない自分が悪い。もう帰ることもできない。」と久高島に壕があるがね、そこにお家建てて暮らしていたが、後は、この久高島で切腹したそうだ。また、伊平屋からは、首里城(すいぐしく)に皆揃って来て、「僕等がしたのは悪いから、どうか許してくれ。」とお詫びしたらしい。

再生時間:16:24

民話詳細DATA

レコード番号 47O381226
CD番号 47O38C063
決定題名 尚円王 逆田 釣り針(共通語)
話者がつけた題名
話者名 仲里文蔵
話者名かな なかざとぶんぞう
生年月日 19101107
性別
出身地 沖縄県島尻郡伊平屋村字田名
記録日 19850226
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 島尻郡伊平屋村田名 T24 A03 
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 伊平屋村民話集 P 67
キーワード 尚円王,伊平屋王加那志,我喜屋,屋蔵屋敷,前地,神,逆田,山原,王,女姿,サバニ,海人,国頭,喜如嘉,釣り針,ジンブン持ち,二才達,奥間,首里城,尚徳王,上納物,津堅,久高島,摂政三司官,琉球,伊平屋村,中頭村,御旗,法螺,奥間御鎖
梗概(こうがい) 尚円王(しょうえんおう)は、伊平屋王加那志(いはおうがなし)というて、こっちの我喜屋にも屋蔵屋敷があるが、あの人の屋敷は、前地(まいじー)のね、前地屋蔵で、こういう人は神であるから何のことも分かりよった。あれが前地にいた時は、この人の田圃は、ずうっと上にあるのに、どんな旱でもね、田は水いっぱいいっぱいしてね、いつも水がありよったからこの田はどんな年でも作る米は非常に上出来してね。だから、人はこの人の田圃をもう逆田(さかた)というていたそうです。あれは、向こうの女たちがね、もう非常に望んで、もう女連中が皆集まってね、夜、人の寝た後から桶(たんご)で担いで、この人の田圃に水を入れよったから水がいつもあったそうですよ。だから、前地の男連中がこの人をもう憎んで、「女全部があの人を気に入って、もう自分らには、女は少しも向かん。もうこんなだから、これはあの人を殺さなければいかん。」と言うていたらね、それをあれを住まわせていた女の宿主がそれを聞いてね、本人に、「もうあんたは近いうちにね、殺される立場であるから、こっちからもう早く山原(やんばる)に逃げなさい。いつかあんたは、国の王になるか知らんから、その覚悟をして自分の身を守りなさい。」とこの女宿主は言うてね、この尚円に女姿(いなぐすがい)させて、女に化けらしてね、サバニは、海人(うみんちゅ)が準備したらしいから、この主はもうこのサバニで海に行くというふりしてね、女宿主に別れて行って、国頭(くんじゃん)の喜如嘉(ちじゅかー)に着いたそうですよ。だから、「もうこっちまで来たから、安心。」と言ってね、そこに住んでいたんだが、国頭(くんじゃん)喜如嘉(ちじゅかー)では、またどんなするかといったら、この人はね、いつでもね、もう浜から歩いてね、釣(ちゅ)りしてね、人の釣り針はやっぱ曲がって返しがあるがね、この人の針は真っ直ぐな針一つであったの。その針一つでもね、魚がたくさん釣れて、「これー珍(ひる)ましむん。」ともう皆が驚いていると、この人はもう毎日魚たくさん釣って、自分はおかずがばかり食べてね、取った魚は字の道歩く人に皆にくれよったと。それで、この人は、もう神のように綺麗だし、ジンブン(知恵)持(む)ちだし、もうだから、「もうこの人はもう滅多にいない。」と皆に褒められてね、もうこれがさ、女たちにまた非常に望まれていたからね、そのうちに、喜如嘉(ちじゅかー)の二才達(にせーたー)に、また憎まれてね。それから、今度は国頭(くんじゃん)奥間(うくま)に行ってね、区長なんか偉い人の所に行ったら、向こうでもいろいろ人を助けたり、魚を分けてやったりしたから、非常に人に崇(あが)められて、「もうあんたには、だれも適(かな)わない。」と、この国頭(くんじゃん)奥間(うくま)の村長のような偉いボスに人になっていたと。ちょうどそのころは、首里城(しゅりぐしく)の王様は、尚徳王というてね、自分の国の沖縄(うちなー)は守らんで、上納物(じょうのうもん)没収して、人民には食われんもん食わしてね、で、二号も三号もいて女(いなぐ)事(ぐとぅ)としてね、こういうふうにわがままなことして人民に困らせていたそうだ。その尚徳王が津堅(ちきん)久高(くらかー)の久高島に行ったら、向こうは久高の神といって、何か歴史から見ても、沖縄の建ちはじめは久高(くらか)島とあるがね、国王が歩く所には、やっぱ妾がいる。その尚徳王が久高島に渡っている時に、首里城(す いぐしく)では、摂政(しっし)三司官(さんしくわん)から皆集まってね、あの時代は沖縄といわんからね、琉球と言うているからね、「こういう王様では、琉球はとても立ってはいかれんから、今のうちに王様をかえないといけない。」と吟味(じんみ)して、「今のうちにもう王様もきりかえないといかなければ駄目。」と言うて、国々から、今のようにやっぱ伊平屋村は伊平屋の村長、中頭は中頭村とあの時の偉い人が昔の政府のある首里城に集まった。「こんなに食物をみな自分らでせしめて、女ごとばかりしているから今の王様を止めさせる。誰(たれ)に王様を継がせるか。」と摂政(しっし)三司官(さんしくわん)が言ったら、「王を継ぐのは、これは人民食(じんみんか)ましふるどぅ我(わ)が大主(うふすー)。」と食べらす人が本当の国の王様なるべきと言うてね、「そうしたら誰(たれ)がなるべきか。」と、皆で吟味したら、あとは、「あの国頭(くんじゃん)の奥間(うくま)御鎖(うじゃし)。あれでなければできない。」と言うことを聞いてね、皆でそうきめたら、「その人どこにいるか。」となって、「国頭(くんじゃん)。」「何時(いちゅ)の何月(なんぐわつ)に連れにくるから。」と言うて、国頭(くんじゃん)の奥間(うくま)に迎えに行った。その尚円王は海からね、もう魚をたくさん釣って担いで家に帰ってくるときに、向こうからもう家来をひきつれた侍(さむれー)が集まって、皆首里の御旗(みはた)揚げてね、もう法螺(ぶら)を吹き、太鼓たたいてね、着物ももう向こうから準備して、やって来て、「奥間(うくま)御鎖(うじゃし)、もう貴方(うんじゅ)は、位の高いお方だから、首里の王になってください。」と言うたら、尚円王は、「ああ自分はそういう王様になることは出来ない。」と言うたがね、偉い人が皆で来て頼んだのだから、すぐ首里城(すいぐしく)に行って王様になった。これは伊平屋(いはー)からでたからもう伊平屋(いはー)王加那志(おうがなし)と言って尚円王になっている。この話を尚徳王は久高島で聞いてね、「人民をあわれさせて琉球の国を守れない自分が悪い。もう帰ることもできない。」と久高島に壕があるがね、そこにお家建てて暮らしていたが、後は、この久高島で切腹したそうだ。また、伊平屋からは、首里城(すいぐしく)に皆揃って来て、「僕等がしたのは悪いから、どうか許してくれ。」とお詫びしたらしい。
全体の記録時間数 16:41
物語の時間数 16:24
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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