大東島の牛喰い(共通語)

概要

昔、大東島は無人島であったが、玉置(たまおき)大将と言うてね、この人が来て島を抑えてね、「こっちは人間が土地開墾したら食べる領地がある。」って言うてね。八丈島から人間を連れてきて大東島開墾して、日糖時代になってからね、日本の政府が大東島また抑えて、工場建てて今の製糖工場建ててた。私が二十二の時にね、大東島行ったんですよ。あの時にはね、玉置大将というあの時代の人がね、まだ生き残って、やっぱ七十のお爺さん達、また小沢という婆さん達がいたんですよ。「もう昔は、自分らは周りに食べるものも無くてね、昔は人間を食べていたが、この今になっては、やっぱこの人間の人の罰をはらう為にね、もう今は人間が死ぬ時は牛を殺してね、やっぱ葬式の来る時は全部牛でお祝いやりよったんですよ。」と。この話、この爺さん達の所から聞いてね、私は牛殺すことまではあんまり分からないがね、後からね、百姓は鋤を使わないとできないから、もう牛は殺さないで、豚殺すぐらいの頃、私ら大東島に行ったらね、やっぱ、我々は百姓としてこの地主に使われてね、人間が死んだ時は海岸ばらに薪(まき)を沢山焼いて、皆これ灰を取って葬式やりよった。それで、あの時からはもう牛は殺さなくて、豚殺して私らもお祝いしました。

再生時間:2:55

民話詳細DATA

レコード番号 47O380876
CD番号 47O38C044
決定題名 大東島の牛喰い(共通語)
話者がつけた題名
話者名 仲里文蔵
話者名かな なかざとぶんぞう
生年月日 19101107
性別
出身地
記録日 19800907
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 島尻郡伊平屋村田名 T08 A05 
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 伊平屋村民話集 P120
キーワード 大東島,無人島,玉置大将,開墾,八丈島,日糖時代,日本の政府,製糖工場,牛,葬式
梗概(こうがい) 昔、大東島は無人島であったが、玉置(たまおき)大将と言うてね、この人が来て島を抑えてね、「こっちは人間が土地開墾したら食べる領地がある。」って言うてね。八丈島から人間を連れてきて大東島開墾して、日糖時代になってからね、日本の政府が大東島また抑えて、工場建てて今の製糖工場建ててた。私が二十二の時にね、大東島行ったんですよ。あの時にはね、玉置大将というあの時代の人がね、まだ生き残って、やっぱ七十のお爺さん達、また小沢という婆さん達がいたんですよ。「もう昔は、自分らは周りに食べるものも無くてね、昔は人間を食べていたが、この今になっては、やっぱこの人間の人の罰をはらう為にね、もう今は人間が死ぬ時は牛を殺してね、やっぱ葬式の来る時は全部牛でお祝いやりよったんですよ。」と。この話、この爺さん達の所から聞いてね、私は牛殺すことまではあんまり分からないがね、後からね、百姓は鋤を使わないとできないから、もう牛は殺さないで、豚殺すぐらいの頃、私ら大東島に行ったらね、やっぱ、我々は百姓としてこの地主に使われてね、人間が死んだ時は海岸ばらに薪(まき)を沢山焼いて、皆これ灰を取って葬式やりよった。それで、あの時からはもう牛は殺さなくて、豚殺して私らもお祝いしました。
全体の記録時間数 3:15
物語の時間数 2:55
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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