この堂之比屋(どぅーぬひゃー)という人はですね、久米島では非常に有名な人で、宮古の豊見親(とぅいま)王と親しい仲だから、豊見親王は、「堂之比屋のとこへ行って話ししてみよう。」と久米島に渡ってきた。この堂之比屋(どぅーぬひゃー)という人は漁(いじゃい)をして、魚を取ったり、夜の漁(いじゃい)が好きな人で、毎日広い海でね、魚を取っておるんだから、だから、二人が会ったら、漁の話になってきて、後は、宮古の豊見親王がですね、堂之比屋に言ったらしい。「どうですか、堂之比屋(どぅーぬひゃー)、僕が大きい魚になって君の前から泳いだら、お前は僕を突けるか。」「あんたが魚なってきたら何でもないさ。突くさ。」「そうか、そんならやってみようね。」といって別れたらしい。そして、日にちは決まってないけれども、大きい魚が堂之比屋(どぅーぬひゃー)が漁(いじゃい)をしている所に、オロオロオロと泳いでおったらしい。あの豊見親が魚なってきたんだから、「ははあ、こやつは豊見親だなあ。」といって、堂之比屋(どぅーぬひゃー)が、ボスンと突いたらしいんだ。「堂之比屋(どぅーぬひゃー)、お前、この俺を突いたな。津波になってきて、お前の国を流してやるからねー。」と言って逃げたらしいんだ。これを聞いた堂之比屋(どぅーぬひゃー)はですね、「こやつは、またちょっと忍術でも使う人間だから、どんなことするかも分からない。これ困ったなあ。」それから、津波がどんどん寄せてくるという便りがきたから、堂之比屋(どぅーぬひゃー)は考えたわけさあ。「こやつが来たなあ。」と言って、それから堂之比屋(どぅーぬひゃー)は村民みんなを集めてですね、浜の上に薄をぼんぼん立てた。それで、あの薄はですね、ムンヌキムン〔魔除け〕ということになっておるんですね。だからその薄に返されて、津波が宮古に引き返していったら、その返し波に吹っ飛ばされて、平坦になったというお伽話があるわけ。それで今でも宮古は山がない、木がない、平坦地でしょう。我々沖縄で、ススキを立てるのはですね、旧の八月の十日、あれはエーウーミと言ってですね、位牌なんかに、あの花生け〔花瓶〕にですね、薄を立てて、また物除(ものよ)けと言って、屋敷の隅々、それから門にも薄を差しますが、この物返しと言うのはそれから始まったということです。
| レコード番号 | 47O380864 |
|---|---|
| CD番号 | 47O38C044 |
| 決定題名 | 堂之比屋と豊見親方(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 宮城松助 |
| 話者名かな | みやぎまつすけ |
| 生年月日 | 19000204 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県島尻郡伊平屋村字前泊 |
| 記録日 | 19800907 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 島尻郡伊平屋村前泊 T07 A10 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説、 民俗 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 集まりの時や船員だった頃におもに年寄りから聞いた。 |
| 文字化資料 | 伊平屋村民話集 P127 |
| キーワード | 堂之比屋,久米島,宮古,豊見親王,漁,津波,忍術,ムンヌキムン,薄,ススキ,旧の八月十日,エーウーミ,位牌,花生け,物除け,物返し |
| 梗概(こうがい) | この堂之比屋(どぅーぬひゃー)という人はですね、久米島では非常に有名な人で、宮古の豊見親(とぅいま)王と親しい仲だから、豊見親王は、「堂之比屋のとこへ行って話ししてみよう。」と久米島に渡ってきた。この堂之比屋(どぅーぬひゃー)という人は漁(いじゃい)をして、魚を取ったり、夜の漁(いじゃい)が好きな人で、毎日広い海でね、魚を取っておるんだから、だから、二人が会ったら、漁の話になってきて、後は、宮古の豊見親王がですね、堂之比屋に言ったらしい。「どうですか、堂之比屋(どぅーぬひゃー)、僕が大きい魚になって君の前から泳いだら、お前は僕を突けるか。」「あんたが魚なってきたら何でもないさ。突くさ。」「そうか、そんならやってみようね。」といって別れたらしい。そして、日にちは決まってないけれども、大きい魚が堂之比屋(どぅーぬひゃー)が漁(いじゃい)をしている所に、オロオロオロと泳いでおったらしい。あの豊見親が魚なってきたんだから、「ははあ、こやつは豊見親だなあ。」といって、堂之比屋(どぅーぬひゃー)が、ボスンと突いたらしいんだ。「堂之比屋(どぅーぬひゃー)、お前、この俺を突いたな。津波になってきて、お前の国を流してやるからねー。」と言って逃げたらしいんだ。これを聞いた堂之比屋(どぅーぬひゃー)はですね、「こやつは、またちょっと忍術でも使う人間だから、どんなことするかも分からない。これ困ったなあ。」それから、津波がどんどん寄せてくるという便りがきたから、堂之比屋(どぅーぬひゃー)は考えたわけさあ。「こやつが来たなあ。」と言って、それから堂之比屋(どぅーぬひゃー)は村民みんなを集めてですね、浜の上に薄をぼんぼん立てた。それで、あの薄はですね、ムンヌキムン〔魔除け〕ということになっておるんですね。だからその薄に返されて、津波が宮古に引き返していったら、その返し波に吹っ飛ばされて、平坦になったというお伽話があるわけ。それで今でも宮古は山がない、木がない、平坦地でしょう。我々沖縄で、ススキを立てるのはですね、旧の八月の十日、あれはエーウーミと言ってですね、位牌なんかに、あの花生け〔花瓶〕にですね、薄を立てて、また物除(ものよ)けと言って、屋敷の隅々、それから門にも薄を差しますが、この物返しと言うのはそれから始まったということです。 |
| 全体の記録時間数 | 5:32 |
| 物語の時間数 | 4:59 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |