侍と小僧 クワの数(シマグチ)

概要

宜野座村かな、金武か宜野座、宜野座村のうちに入るのかも知れないな。それでね、この 伊芸屋嘉という部落は、全然作物に恵まれなくてね、毎年、飢きんになったそうだね、それで、飢きんになっていたけれど、飢きんになっても、昔は上納というのがあるでしょう。今の村税みたいなもの。上納は直接、首里からこの部落に取りに来たそうだ。それで首里から何回来ても、飢きんになっているので、自分たちの生活しかできなくって、上納を払うことはできなかったらしいんだよ。それで、部落の、今でいえば村長だろう。村長が、とっても悩んで苦しんでいたらしいんだよ。「どうしたら上納を払うことができるだろうか。」
と言って村長は心配しているけれど、「いつの何日の、何月の何日に必ず取りに来るから、それまでこしらえておけ。」と言って、首里から上納を取りに来た人間は帰ったらしいんだよ。(何日かして)百姓が畑を耕しているところへこの首里から来た、上納を取りに来た人が、馬に乗って来たらしいんだよ。来て、その百姓の前で降りて、「お前、僕が首里からこの伊芸屋嘉に行く間にこの畑を鍬で何回耕したか、それを計算しておけ。」と言ったらしいんだ。それで百姓はとっても悩んで、この畑も耕さずに、畑の土手に座っておったらしいんだ。そこを七、八歳の子どもが子守りをして通ったんだ。そしてこの子守りをしている子どもが、「どうしたの。あなたは畑も耕さないで、そんなにぼんやりして座っているのですか。」と聞いたってよ。そう言うとね、〈もう、島の言葉が話しやすいね〉そう言われると、「私は、今日はとても難しい御用を出されて、それで畑も耕さずにほんやりしているんだよ。」と言ったので、「どういう御用でそんなに心配なさっているのですか。」とまた聞きかえしたので、「『俺が首里に行ってくる間に、この畑をおまえは何回、鍬をふり落として耕したか、いや、耕すのか、それを勘定しなさい』と言うんだよ、そう言われたので私はそれでぼんやりしている。」と言ったってよ、それでこの子どもはね、もう頭が優れている子だったって。それで、「そうだったのですか、それはたやすいことだ。もう心配しなくていいです。」と言ったって。それで、侍は、馬に乗って通った侍が帰ってきたってよ。そして、この百姓に、「お前は、私が首里に行ってくる間、いくら、いや、何回鍬をふり落として畑を耕したか。」と言ったってよ。言われるともう畑を耕す百姓は、ぼんやりと黙っていたが、子どもをおぶっているね、子どもをおぶっている子が、「ねえ、あなたはこの人にそうおっしゃいますが、あなたはそれなら馬に乗って首里に行った……、馬のひずめを何回で、歩いて行って、首里に行ってまたここに帰って来たのか、それをあなたが知っているのなら、私たちも鍬で耕したのはすぐわかる。」と言ったって。それでね、馬に乗ってきた百姓は、それから口をポカンと開けてね、もう何も言えない。この子どもに言いかえされたので、それからは何も言えなかったって。 それで上納取りに首里から来てね、まあ、いわば、今なら公民館さ。そこに上納取りに首里から来たみたいだ。来たからこの子どもはまた、この上納を取りに来た人に、「伊芸(いじ)屋嘉(やか)ぬ村や、昼飯(あし)食(か)みば夕飯(いき)やねんて思(うむ)り〔伊芸屋嘉の村は昼ごはんを食べたら夕飯はないと思え〕。」と言って歌を詠んだってよ。歌を詠んだので、「おまえが詠む歌はどういう意味か。」と聞くと、「伊芸屋嘉の村は、飢きんになって食べるものもない。夕飯を食べたら明日は何を食べてよいのかわからないくらい何もないんだよ。」と言ったので、この子どもがそう言って歌を詠んだから、上納を取りに来ていた人は帰って言ったって。上納も取らないで。そしてね、この子どもはとても優れた子だったので、そうだったので、成長してからね、この人が死んだからね、村の人々が山の上に葬むろうと思って連れていったが、この人が死ぬときの遺言は、「私が死んだら高いところに葬ってはいけない。必ず人の歩く道に葬れ。」と言ったので、この人の遺言通り、人が歩く道で葬式をしたからそれからこの伊芸屋嘉の村はあまり優れた人は出ない。出なくなったって。それでこの人の名は「伊芸屋嘉スグラー〔伊芸屋嘉の優れ者〕。」といったって。

再生時間:8:12

民話詳細DATA

レコード番号 47O382769
CD番号 47O38C142
決定題名 侍と小僧 クワの数(シマグチ)
話者がつけた題名 イジヤカスーラーの話
話者名 末吉亀吉
話者名かな すえよしかめきち
生年月日 19081103
性別
出身地 沖縄県島尻郡伊是名村字伊是名
記録日 19800906
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 島尻郡伊是名村 T08 B13
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 笑話
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 いぜな島の民話 P135
キーワード 宜野座村,金武,伊芸屋嘉,作物,飢きん,上納,村税,首里,村長,首里,人間,百姓,畑,馬,鍬,子守り,御用,勘定,侍,ひずめ,歌,遺言,葬式,伊芸屋嘉スグラー
梗概(こうがい) 宜野座村かな、金武か宜野座、宜野座村のうちに入るのかも知れないな。それでね、この 伊芸屋嘉という部落は、全然作物に恵まれなくてね、毎年、飢きんになったそうだね、それで、飢きんになっていたけれど、飢きんになっても、昔は上納というのがあるでしょう。今の村税みたいなもの。上納は直接、首里からこの部落に取りに来たそうだ。それで首里から何回来ても、飢きんになっているので、自分たちの生活しかできなくって、上納を払うことはできなかったらしいんだよ。それで、部落の、今でいえば村長だろう。村長が、とっても悩んで苦しんでいたらしいんだよ。「どうしたら上納を払うことができるだろうか。」 と言って村長は心配しているけれど、「いつの何日の、何月の何日に必ず取りに来るから、それまでこしらえておけ。」と言って、首里から上納を取りに来た人間は帰ったらしいんだよ。(何日かして)百姓が畑を耕しているところへこの首里から来た、上納を取りに来た人が、馬に乗って来たらしいんだよ。来て、その百姓の前で降りて、「お前、僕が首里からこの伊芸屋嘉に行く間にこの畑を鍬で何回耕したか、それを計算しておけ。」と言ったらしいんだ。それで百姓はとっても悩んで、この畑も耕さずに、畑の土手に座っておったらしいんだ。そこを七、八歳の子どもが子守りをして通ったんだ。そしてこの子守りをしている子どもが、「どうしたの。あなたは畑も耕さないで、そんなにぼんやりして座っているのですか。」と聞いたってよ。そう言うとね、〈もう、島の言葉が話しやすいね〉そう言われると、「私は、今日はとても難しい御用を出されて、それで畑も耕さずにほんやりしているんだよ。」と言ったので、「どういう御用でそんなに心配なさっているのですか。」とまた聞きかえしたので、「『俺が首里に行ってくる間に、この畑をおまえは何回、鍬をふり落として耕したか、いや、耕すのか、それを勘定しなさい』と言うんだよ、そう言われたので私はそれでぼんやりしている。」と言ったってよ、それでこの子どもはね、もう頭が優れている子だったって。それで、「そうだったのですか、それはたやすいことだ。もう心配しなくていいです。」と言ったって。それで、侍は、馬に乗って通った侍が帰ってきたってよ。そして、この百姓に、「お前は、私が首里に行ってくる間、いくら、いや、何回鍬をふり落として畑を耕したか。」と言ったってよ。言われるともう畑を耕す百姓は、ぼんやりと黙っていたが、子どもをおぶっているね、子どもをおぶっている子が、「ねえ、あなたはこの人にそうおっしゃいますが、あなたはそれなら馬に乗って首里に行った……、馬のひずめを何回で、歩いて行って、首里に行ってまたここに帰って来たのか、それをあなたが知っているのなら、私たちも鍬で耕したのはすぐわかる。」と言ったって。それでね、馬に乗ってきた百姓は、それから口をポカンと開けてね、もう何も言えない。この子どもに言いかえされたので、それからは何も言えなかったって。 それで上納取りに首里から来てね、まあ、いわば、今なら公民館さ。そこに上納取りに首里から来たみたいだ。来たからこの子どもはまた、この上納を取りに来た人に、「伊芸(いじ)屋嘉(やか)ぬ村や、昼飯(あし)食(か)みば夕飯(いき)やねんて思(うむ)り〔伊芸屋嘉の村は昼ごはんを食べたら夕飯はないと思え〕。」と言って歌を詠んだってよ。歌を詠んだので、「おまえが詠む歌はどういう意味か。」と聞くと、「伊芸屋嘉の村は、飢きんになって食べるものもない。夕飯を食べたら明日は何を食べてよいのかわからないくらい何もないんだよ。」と言ったので、この子どもがそう言って歌を詠んだから、上納を取りに来ていた人は帰って言ったって。上納も取らないで。そしてね、この子どもはとても優れた子だったので、そうだったので、成長してからね、この人が死んだからね、村の人々が山の上に葬むろうと思って連れていったが、この人が死ぬときの遺言は、「私が死んだら高いところに葬ってはいけない。必ず人の歩く道に葬れ。」と言ったので、この人の遺言通り、人が歩く道で葬式をしたからそれからこの伊芸屋嘉の村はあまり優れた人は出ない。出なくなったって。それでこの人の名は「伊芸屋嘉スグラー〔伊芸屋嘉の優れ者〕。」といったって。
全体の記録時間数 8:52
物語の時間数 8:12
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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