姥捨て山(共通語)

概要

鹿児島、薩摩というんでしょう、昔の国名は。薩摩の武士がみんな来て、この沖縄の所々みな巡査したり、つとめは 全部鹿児島から来てやって、そしてそれらが言う通り(従わなければならなかった。)沖縄はかわいそうにも。(沖縄の人は)唐の国や支那の国、今の中国、そこ行って勉強する人、偉い人になったのも唐の国行って勉強してきてそれで偉い人がたくさん生まれたんです。ナラバヤシという人もちょうど鹿児島の人です。その人はもう、国頭辺のいなか、いなかの土地も山も自分で取ってね、人民を苦しめて、そういうことがたくさんあって、今度沖縄の、琉球の偉い人は支那の国の人から非常に同情されてね、支那行って勉強したのが偉い人です。伝説だがね、どうして焼いた灰で縄がなえるかって。もう今いう役場にいる人でさえもどこにおる人であっても、「これは大変だなあ。」と、鹿児島に罰金かけられて解くことができずに心配しておった。(その頃、年寄りは山へ捨てなさいという命令があった。)この子どもが、非常に孝行息子がおってね、山に行って畑の側行ってこの爺さんを捨てて、(小学校)二、三年(くらいに)なる子が毎日通ってね、食い物も持って行って食べさせていた。したらそのじいさんに聞いたわけです。「(薩摩から、沖縄に難題をかけたが)あれは、じいさんよ、灰で縄をなわれるためしがない。そしてまた沖縄にはもったいないから、本部の嘉津宇岳(かつうだけ)と恩納岳を、持って来い、と言うんですよ。」そしたら、この爺さんは笑ったそうだ。「鹿児島におる人間は、これ馬鹿だなあ。おお、いい考えがある。」「どんな考えですか爺さん。もしか(その考えが)誤ってたら殺されるけど、どうしますか。」って。「(そんなことはない)こやつが私に負けるよ。」って。これはどうして、本部の嘉津宇岳も高い山ですよね。「薩摩は、恩納岳も二つの山持ってこいって、鹿児島へ持って来いって。」「そしたらこれは一番たやすい。子どもよ、心配するな。」って。その事務所にそろった人間の中に来てそう言うたもんだから、「じいさんは、どうしてそれを持っていくか。」「うん、これは鹿児島から受け取りに来なさいと。そしてその恩納岳を一回(いっくゎい)にスコップに入るスコップを買(こ)うて、またそれ一回に乗せる舟を仕立ててこい。」と言ったんだね。(おじいさんの言うとおりに)そうしたら、どうにもできんでしょ。いかな何といっても本部の嘉津宇岳ってあれ、軍の施設になっているんだがね。嘉津宇岳の片隅も入るものなんてないんですよ。こんな伝説があるわけですよ。それをそのお爺さんが答えてあげたと。それで薩摩は負けたわけですね、知恵で負けてもう沖縄にもこんな人がおるなあ、それからその無理なこと(を薩摩は、)言わなかったそうです。それからもう年寄りをこう山に捨てるということはもうさせなんだそうだ。

再生時間:4:16

民話詳細DATA

レコード番号 47O382706
CD番号 47O38C139
決定題名 姥捨て山(共通語)
話者がつけた題名 親捨山
話者名 東江安永
話者名かな あがりえあんえい
生年月日 19020715
性別
出身地 不明
記録日 19800905
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 島尻郡伊是名村 T06 B07
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 本格昔話
発句(ほっく)  
伝承事情
文字化資料 いぜな島の民話 P142
キーワード 鹿児島,薩摩,武士,沖縄,唐,支那,中国,ナラバヤシ,国頭辺,琉球,灰,縄,年寄り,孝行息子,本部,嘉津宇岳,恩納岳,舟,知恵
梗概(こうがい) 鹿児島、薩摩というんでしょう、昔の国名は。薩摩の武士がみんな来て、この沖縄の所々みな巡査したり、つとめは 全部鹿児島から来てやって、そしてそれらが言う通り(従わなければならなかった。)沖縄はかわいそうにも。(沖縄の人は)唐の国や支那の国、今の中国、そこ行って勉強する人、偉い人になったのも唐の国行って勉強してきてそれで偉い人がたくさん生まれたんです。ナラバヤシという人もちょうど鹿児島の人です。その人はもう、国頭辺のいなか、いなかの土地も山も自分で取ってね、人民を苦しめて、そういうことがたくさんあって、今度沖縄の、琉球の偉い人は支那の国の人から非常に同情されてね、支那行って勉強したのが偉い人です。伝説だがね、どうして焼いた灰で縄がなえるかって。もう今いう役場にいる人でさえもどこにおる人であっても、「これは大変だなあ。」と、鹿児島に罰金かけられて解くことができずに心配しておった。(その頃、年寄りは山へ捨てなさいという命令があった。)この子どもが、非常に孝行息子がおってね、山に行って畑の側行ってこの爺さんを捨てて、(小学校)二、三年(くらいに)なる子が毎日通ってね、食い物も持って行って食べさせていた。したらそのじいさんに聞いたわけです。「(薩摩から、沖縄に難題をかけたが)あれは、じいさんよ、灰で縄をなわれるためしがない。そしてまた沖縄にはもったいないから、本部の嘉津宇岳(かつうだけ)と恩納岳を、持って来い、と言うんですよ。」そしたら、この爺さんは笑ったそうだ。「鹿児島におる人間は、これ馬鹿だなあ。おお、いい考えがある。」「どんな考えですか爺さん。もしか(その考えが)誤ってたら殺されるけど、どうしますか。」って。「(そんなことはない)こやつが私に負けるよ。」って。これはどうして、本部の嘉津宇岳も高い山ですよね。「薩摩は、恩納岳も二つの山持ってこいって、鹿児島へ持って来いって。」「そしたらこれは一番たやすい。子どもよ、心配するな。」って。その事務所にそろった人間の中に来てそう言うたもんだから、「じいさんは、どうしてそれを持っていくか。」「うん、これは鹿児島から受け取りに来なさいと。そしてその恩納岳を一回(いっくゎい)にスコップに入るスコップを買(こ)うて、またそれ一回に乗せる舟を仕立ててこい。」と言ったんだね。(おじいさんの言うとおりに)そうしたら、どうにもできんでしょ。いかな何といっても本部の嘉津宇岳ってあれ、軍の施設になっているんだがね。嘉津宇岳の片隅も入るものなんてないんですよ。こんな伝説があるわけですよ。それをそのお爺さんが答えてあげたと。それで薩摩は負けたわけですね、知恵で負けてもう沖縄にもこんな人がおるなあ、それからその無理なこと(を薩摩は、)言わなかったそうです。それからもう年寄りをこう山に捨てるということはもうさせなんだそうだ。
全体の記録時間数 4:56
物語の時間数 4:16
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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