尚円王の誕生地は、伊是名島の、伊是名村字諸見に生まれになったのだけど、誕生地は、やっぱり現在の御ほそ所というところにあるんだけどね、この島去ったのは、二十五歳までは、ここで百姓をなさっていて、この尚円王は徳が、とても徳があったって。今思えば。この人のやる仕事は、何でももう順調に行くわけさあね。それで、そのとき、この尚円王の耕した田んぼはですね、諸見の千原の谷にある 逆田、逆田というのはこの人の田んぼの名前だけどね、それで、この逆田という田を耕やして、もう、とても一生けん命働きなさったわけさあね、そうして、とても働きなさって、ほんとうに、干魃や日照りになってもこの人の田んぼというのは、ほんとうの泉だよ、今でも泉ではあるが、とても……。一般の人は、ほら、働きはしないで、全員怠けてばかりで、遊んでばかりいる。田んぼといっても、この メーニというのね、それを耕して、メーニをくっつけて水を逃がさない考えで。一般の人は全員遊んでメーニをくっつけないわけさ。だから、自分らの田んぼの水は全部流れて、水がなくなったけど、尚円王はよく働くので、水も減らないわけさあね。それで、一般の人たちのやることといったら、一番最初に(不平を)言いだして、この尚円王を憎んだのはこんなことからだよ。そして、また、とても好男子でもあったので、若者たちは全員、その時代は夜遊びがいつも、女も男も全員夜遊びが盛んだったのでね、それで、この人も夜遊びをしてたので、女の人たちが、樽で水を汲んで、尚円王の田んぼに水を入れてあげたり、何したりして、全部こんなにしていた。また、夜は天城といって……。尚円王の恋人がみんなあの島に、勢理客というところに、尚円王を慕っている女たちがいたそうだ。そして遊び毛、また遊び毛というのが、天城の崖の方にあるけど、夜働いて、それで、この人(を思って)、勢埋客の女たちが、夜になったら通っていってね、伊是名村の通水節(かいみじぶし)というのは、この伊是名から出た古典だよ。」通水(かいみじ)ぬ池(いち)や ひ一人(ちゅい) んじしらん〔通水の池を一人で越えて、誰にも知られずにすんだ〕乗(ぬ)い馬(うま)とぅ 鞍(くら)とぅ 主(ぬし)とぅ 三人(みっちゃい)〔知っているものは 乗り馬と鞍と主である自分とただ三人。〕。」あれは、長伊平屋(ながいへや)の本歌だよ、こう歌にあるけど、今の農協の裏にね、あそこに池があるよ、あの一帯が伊是名の通水という。「とりぬ伊平屋嶽(いはだき)や 浮(う)さがてぃる見(み)ゆる〔凪のときの伊平屋嶽は 空にかかっているように浮きあがってはっきり見える〕遊(あし)び浮(う)ちゃがゆる 我玉黄金(わたまくがに)〔その伊平屋嶽のように可愛い我が子の踊る姿は はなやかに見える〕。」これは、尚円王の母親が詠んだ歌だそうだ。そして、とても働き盛りの、二十五歳のとき伊是名村から出て行った。尚円王が働いたときの歌もあるよ。「北(にし)ぬ松金(まちがに)が いんちゃ着物(じん)召(み)そち〔北の松金が短い着物を召されている〕うじゃんなり姿(しがた) 拝(うが)みぶさぬ〔温厚な姿を拝みたいもんだ〕。」と、そういう歌も詠まれているんですね。それで、伊是名島から二十五歳のときに、伊是名島から追い払われたわけですね、それで、もうこっちにはおられなくなって、弟もいたというけど、何も、ここでは弟がいたというのは聞いたことないけど、また歴史的には、本島の博士たちが書物出してあるのでは、弟もいて、親子で出て行ったようだ。そして、ここで生まれなさったところは御ほそ所といって、この人の産水を汲んできた井戸が、昔は産井戸といって、(その名を)アガイイズミカーといってるけど、あんたも見たかね。それで、そこの水を汲んでいたので、産井戸ともいう。そこは、全部御願所になっているよ。首里から、最近は来ないけど、首里から。御願に来ていたよ。それで、この人のへそはね……。人の徳というのはね、大変なものだよ。こんなに偉い人のね、この尚円王のへそね、それを埋めたところが今でもあるよ。そのヘソを埋めたところは、畑の真中で、あまり真中でもないが、耕作するときにとても、鋤(すき)にかかってじゃまになったのでね、それで、畑の主がじゃまになるからと思って、(目印にしていた)石は大きいよ、その石の下に(ヘその緒は)埋めてあったんだけど、その石を取っても何でもないと思って、取ってどけたらね、たたりが出てね、それで物知りが、「この石を、そこからどけてはいけない。」と言ったので、元あった場所に埋めたって。この話はまだ、現在、最近あったことだよ。
それで、ここから二十五歳に出られてね、出られて、国頭の奥間か、むこうに行った。また、あそこに行ってもね、そこ行っても農業をやろうとしているのだが、もう、このように徳のあるお方だから、何でも順調に行くので、またあそこでも人々に憎まれているんだよ。そうして憎まれたので、尚円王に忠告したのは誰くかといったら、奥間鍛冶屋ね、奥間鍛冶屋のところに、鍬や箆(へも)を作りに行ったら、奥間鍛冶屋が、「金丸、あなたはここから逃げなければ。あなたを殺すといって、私に武器を作らせているので、早くここから逃げなさい。」と教えた。尚円王は、ここ奥間でも、財産をたくさん持っていたってよ。それで、奥間から内間に移転してね、移転して行って、あそこでも、〈本当の話なのかよく知らないけど〉、内間御鎖(うちまうざし)、内間御鎖に行って、魚を釣ろうとしたら、この尚円王は釣り針を曲げなくても、あれの魚は釣れたという話だよ。やっぱり徳が、そのくらいの徳を持っていたんだろうね。それで、ちょうどすることなすこと、全部うまく行くので、首里に呼ばれてね、首里に呼ばれて、もう、「こういう人物がいる。」と言って、首里に呼ばれた。始めは、王の位ではなくて、とにかく、現在の三重城(みーぐすく)といって、城の、昔、むこうの城は、王様が外国の支那との交通がちょうど行なわれているところだった。それで、尚円王は徳のある方で、むこうの城の倉で、支那からの荷物の責任者にさせていたけど、考え方が、この人の考えは何でも正しいさあね、王様の考えと一致してね、一致したので、それで、なおさら取り立てられて、後には、沖縄の大蔵省の位の、経済を全部まかせられて、それも順調に行った。(その後)沖縄は、内乱が起こったさあね、沖縄の王の。先にあんたが話しよった王の内乱ね、ゴタゴタね。その上に、次男に何カ月か王をさせていたけど、この人が怠け者だったので、これには王はできないといってね、王はできないといってやめさせた。それで、三司官といって、現在の県会議員ですね、三司官。昔は三司官といっていた。この人たちが吟味するわけさあね、そうして、吟味していると、すぐ、安里比屋という人が、知恵のある人がいてね、すぐ、「王は誰にしようか。」と言うと、すぐ突然に、「ああ、これは、私の考えとしては、物を食べさせてくれる人が私たちの御主、私たちの親であり、王です。金丸尚円を王にさせたらどうですか。」と言ったので、その一言で王にさせたって。そして、また奥間鍛冶屋は、尚円を助けてあげたので、奥間にあった財産、それを全部、奥間鍛冶屋にゆずったって。
| レコード番号 | 47O382660 |
|---|---|
| CD番号 | 47O38C137 |
| 決定題名 | 尚円王 誕生 逆田 奥間カンジャー まっずぐな釣り針 御鎖の側(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 伊礼亀助 |
| 話者名かな | いれいかめすけ |
| 生年月日 | 19021124 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県島尻郡伊是名村字諸見 |
| 記録日 | 19800905 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 島尻郡伊是名村 T05 B04 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説、 歌 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | いぜな島の民話 P208 |
| キーワード | 尚円王,誕生地,伊是名島,諸見,御ほそ所,百姓,徳,千原の谷,逆田,干魃,日照り,泉,メーニ,好男子,天城,勢理客,遊び毛,通水節,馬,鞍,伊平屋,本歌,松金,産水,産井戸,アガイイズミカー,首里,御願,ヘソ,たたり,国頭,奥間,奥間鍛冶屋,金丸,内間,内間御鎖,魚,釣り針,三重城,支那,内乱,三司官,安里比屋,知恵 |
| 梗概(こうがい) | 尚円王の誕生地は、伊是名島の、伊是名村字諸見に生まれになったのだけど、誕生地は、やっぱり現在の御ほそ所というところにあるんだけどね、この島去ったのは、二十五歳までは、ここで百姓をなさっていて、この尚円王は徳が、とても徳があったって。今思えば。この人のやる仕事は、何でももう順調に行くわけさあね。それで、そのとき、この尚円王の耕した田んぼはですね、諸見の千原の谷にある 逆田、逆田というのはこの人の田んぼの名前だけどね、それで、この逆田という田を耕やして、もう、とても一生けん命働きなさったわけさあね、そうして、とても働きなさって、ほんとうに、干魃や日照りになってもこの人の田んぼというのは、ほんとうの泉だよ、今でも泉ではあるが、とても……。一般の人は、ほら、働きはしないで、全員怠けてばかりで、遊んでばかりいる。田んぼといっても、この メーニというのね、それを耕して、メーニをくっつけて水を逃がさない考えで。一般の人は全員遊んでメーニをくっつけないわけさ。だから、自分らの田んぼの水は全部流れて、水がなくなったけど、尚円王はよく働くので、水も減らないわけさあね。それで、一般の人たちのやることといったら、一番最初に(不平を)言いだして、この尚円王を憎んだのはこんなことからだよ。そして、また、とても好男子でもあったので、若者たちは全員、その時代は夜遊びがいつも、女も男も全員夜遊びが盛んだったのでね、それで、この人も夜遊びをしてたので、女の人たちが、樽で水を汲んで、尚円王の田んぼに水を入れてあげたり、何したりして、全部こんなにしていた。また、夜は天城といって……。尚円王の恋人がみんなあの島に、勢理客というところに、尚円王を慕っている女たちがいたそうだ。そして遊び毛、また遊び毛というのが、天城の崖の方にあるけど、夜働いて、それで、この人(を思って)、勢埋客の女たちが、夜になったら通っていってね、伊是名村の通水節(かいみじぶし)というのは、この伊是名から出た古典だよ。」通水(かいみじ)ぬ池(いち)や ひ一人(ちゅい) んじしらん〔通水の池を一人で越えて、誰にも知られずにすんだ〕乗(ぬ)い馬(うま)とぅ 鞍(くら)とぅ 主(ぬし)とぅ 三人(みっちゃい)〔知っているものは 乗り馬と鞍と主である自分とただ三人。〕。」あれは、長伊平屋(ながいへや)の本歌だよ、こう歌にあるけど、今の農協の裏にね、あそこに池があるよ、あの一帯が伊是名の通水という。「とりぬ伊平屋嶽(いはだき)や 浮(う)さがてぃる見(み)ゆる〔凪のときの伊平屋嶽は 空にかかっているように浮きあがってはっきり見える〕遊(あし)び浮(う)ちゃがゆる 我玉黄金(わたまくがに)〔その伊平屋嶽のように可愛い我が子の踊る姿は はなやかに見える〕。」これは、尚円王の母親が詠んだ歌だそうだ。そして、とても働き盛りの、二十五歳のとき伊是名村から出て行った。尚円王が働いたときの歌もあるよ。「北(にし)ぬ松金(まちがに)が いんちゃ着物(じん)召(み)そち〔北の松金が短い着物を召されている〕うじゃんなり姿(しがた) 拝(うが)みぶさぬ〔温厚な姿を拝みたいもんだ〕。」と、そういう歌も詠まれているんですね。それで、伊是名島から二十五歳のときに、伊是名島から追い払われたわけですね、それで、もうこっちにはおられなくなって、弟もいたというけど、何も、ここでは弟がいたというのは聞いたことないけど、また歴史的には、本島の博士たちが書物出してあるのでは、弟もいて、親子で出て行ったようだ。そして、ここで生まれなさったところは御ほそ所といって、この人の産水を汲んできた井戸が、昔は産井戸といって、(その名を)アガイイズミカーといってるけど、あんたも見たかね。それで、そこの水を汲んでいたので、産井戸ともいう。そこは、全部御願所になっているよ。首里から、最近は来ないけど、首里から。御願に来ていたよ。それで、この人のへそはね……。人の徳というのはね、大変なものだよ。こんなに偉い人のね、この尚円王のへそね、それを埋めたところが今でもあるよ。そのヘソを埋めたところは、畑の真中で、あまり真中でもないが、耕作するときにとても、鋤(すき)にかかってじゃまになったのでね、それで、畑の主がじゃまになるからと思って、(目印にしていた)石は大きいよ、その石の下に(ヘその緒は)埋めてあったんだけど、その石を取っても何でもないと思って、取ってどけたらね、たたりが出てね、それで物知りが、「この石を、そこからどけてはいけない。」と言ったので、元あった場所に埋めたって。この話はまだ、現在、最近あったことだよ。 それで、ここから二十五歳に出られてね、出られて、国頭の奥間か、むこうに行った。また、あそこに行ってもね、そこ行っても農業をやろうとしているのだが、もう、このように徳のあるお方だから、何でも順調に行くので、またあそこでも人々に憎まれているんだよ。そうして憎まれたので、尚円王に忠告したのは誰くかといったら、奥間鍛冶屋ね、奥間鍛冶屋のところに、鍬や箆(へも)を作りに行ったら、奥間鍛冶屋が、「金丸、あなたはここから逃げなければ。あなたを殺すといって、私に武器を作らせているので、早くここから逃げなさい。」と教えた。尚円王は、ここ奥間でも、財産をたくさん持っていたってよ。それで、奥間から内間に移転してね、移転して行って、あそこでも、〈本当の話なのかよく知らないけど〉、内間御鎖(うちまうざし)、内間御鎖に行って、魚を釣ろうとしたら、この尚円王は釣り針を曲げなくても、あれの魚は釣れたという話だよ。やっぱり徳が、そのくらいの徳を持っていたんだろうね。それで、ちょうどすることなすこと、全部うまく行くので、首里に呼ばれてね、首里に呼ばれて、もう、「こういう人物がいる。」と言って、首里に呼ばれた。始めは、王の位ではなくて、とにかく、現在の三重城(みーぐすく)といって、城の、昔、むこうの城は、王様が外国の支那との交通がちょうど行なわれているところだった。それで、尚円王は徳のある方で、むこうの城の倉で、支那からの荷物の責任者にさせていたけど、考え方が、この人の考えは何でも正しいさあね、王様の考えと一致してね、一致したので、それで、なおさら取り立てられて、後には、沖縄の大蔵省の位の、経済を全部まかせられて、それも順調に行った。(その後)沖縄は、内乱が起こったさあね、沖縄の王の。先にあんたが話しよった王の内乱ね、ゴタゴタね。その上に、次男に何カ月か王をさせていたけど、この人が怠け者だったので、これには王はできないといってね、王はできないといってやめさせた。それで、三司官といって、現在の県会議員ですね、三司官。昔は三司官といっていた。この人たちが吟味するわけさあね、そうして、吟味していると、すぐ、安里比屋という人が、知恵のある人がいてね、すぐ、「王は誰にしようか。」と言うと、すぐ突然に、「ああ、これは、私の考えとしては、物を食べさせてくれる人が私たちの御主、私たちの親であり、王です。金丸尚円を王にさせたらどうですか。」と言ったので、その一言で王にさせたって。そして、また奥間鍛冶屋は、尚円を助けてあげたので、奥間にあった財産、それを全部、奥間鍛冶屋にゆずったって。 |
| 全体の記録時間数 | 10:55 |
| 物語の時間数 | 10:36 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |