沖縄水産高校を出た私は、北海道のカムチャッカで2ヵ年の蟹工船。夏でも霙と雨と雪とは降っているので、オーバーを着て仕事をしていた。クインチャーという機械にオーバーのボタンを引っ掛けてしまい、手に傷をつけてしまった。それがその時のおみやげである。21歳から23歳の2ヵ年間乗った。船員は漁師と工場製造と、ほとんど青森あたりから来ていた。沖縄からは7名乗って、粟国からは私一人だった。その船は函館から出ていて、5月ごろ船を出し、10月には戻ってくる。14、5歳から60歳くらいまでの人がいた。中には70歳の人もいた。船の名前は樺太丸といった。
| レコード番号 | 47O230680 |
|---|---|
| CD番号 | 47O23C042 |
| 決定題名 | 蟹工船(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 末吉達幸 |
| 話者名かな | すえよしたつこう |
| 生年月日 | 19000503 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県粟国村浜 |
| 記録日 | 19820920 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 粟国T32A03 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 世間話 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | カムチャッカ,蟹工船 |
| 梗概(こうがい) | 沖縄水産高校を出た私は、北海道のカムチャッカで2ヵ年の蟹工船。夏でも霙と雨と雪とは降っているので、オーバーを着て仕事をしていた。クインチャーという機械にオーバーのボタンを引っ掛けてしまい、手に傷をつけてしまった。それがその時のおみやげである。21歳から23歳の2ヵ年間乗った。船員は漁師と工場製造と、ほとんど青森あたりから来ていた。沖縄からは7名乗って、粟国からは私一人だった。その船は函館から出ていて、5月ごろ船を出し、10月には戻ってくる。14、5歳から60歳くらいまでの人がいた。中には70歳の人もいた。船の名前は樺太丸といった。 |
| 全体の記録時間数 | 23:04 |
| 物語の時間数 | 18:02 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |