按司加那志は坊主が術を掛けて女をだますので、自分の娘を支度させて行かせた。そして娘に、「お前はあの坊主のところへ行ったが、お前には何もしなかったか」ときくと、「はい、何もしませんでした」と答える。娘を外させ乳母を呼んで、「お前が私の娘を支度させて行かせたのだが、娘に瑕はついていなか」ときくと、乳母は「ついています。産毛をちゃんと結んでやったが、産毛が抜けている」といった。按司加那志は、「そうか」といって、その坊主を呼んで落とし穴に落とした。そして石のくさりで縛った。坊主は石のくさりで縛られたため、「イチグシク」と名が付いた。その後、唐からイチグシクに御用だといってきた。それから那覇から唐へのケイショウは大事だった。牛のような生き物が出た。イチグシクはデーナンというと、海に入り込み、また向こうで出た。その人が唐の道を探り当てて行った。そして御用船がここに来なかったのはどういうわけかときかれると、ケースの中に生き物がいてそれが難破させたので、唐の人も大和の人も沖縄の人もこの島に流れ着いた。そして村の人たちが助け上げ、御願所をつくって村で拝んでいる、と答えた。また、唐から帰ってきた東風平の金持ちの家の人が支度をした。おばあさん一人で育てた孫が、自分も行くといった。親が止めなさいといって止めるが、きかずいくことになった。親が子供の首に何かを掛けながら、「粟を持っている人に会うとこの袋を上げなさい」といった。子供は便所に行きたくなり、路地に入って行った。すると鬼に捕まえられてしまった。鬼がこれは余りにも痩せているので太らせてあげる、といって閉じ込めてしまった。おばあさんは、孫は粟うじを持っている人に会ったらこれを開けてみなさい、と親にいわれているので、といって行ってみることにした。するとカニを切るのこぎりを曲げていた。これを昇って一夜のうちに柱を切って出て行った。おばあさんは毎朝、お茶を入れ、スタリ節をしていた。隣の金持ちは1日、15日に親戚を集めて願い事をしていた。おばあさんが育てた孫は、このおばあさんが毎朝お茶を入れ、スタリー節を歌ったので、唐から無事に帰ってきた。隣の金持ちの子供は鬼に食われて帰ってこなかった。スタリー節はカリー(嘉例)の歌だったんだといっていた。粟国と那覇のスタリー節は似ている。正月にも歌っているし、生年祝いにも親戚を集めてお茶を飲みながらこの歌を歌っている。
| レコード番号 | 47O230024 |
|---|---|
| CD番号 | 47O23C003 |
| 決定題名 | 池城由来(方言) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 末吉カマ |
| 話者名かな | すえよしかま |
| 生年月日 | 18880805 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県粟国村字浜 |
| 記録日 | 19760816 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄国際大学口承研 |
| 元テープ番号 | 粟国T02A05 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 坊主,強姦,唐への道,スタリー節, |
| 梗概(こうがい) | 按司加那志は坊主が術を掛けて女をだますので、自分の娘を支度させて行かせた。そして娘に、「お前はあの坊主のところへ行ったが、お前には何もしなかったか」ときくと、「はい、何もしませんでした」と答える。娘を外させ乳母を呼んで、「お前が私の娘を支度させて行かせたのだが、娘に瑕はついていなか」ときくと、乳母は「ついています。産毛をちゃんと結んでやったが、産毛が抜けている」といった。按司加那志は、「そうか」といって、その坊主を呼んで落とし穴に落とした。そして石のくさりで縛った。坊主は石のくさりで縛られたため、「イチグシク」と名が付いた。その後、唐からイチグシクに御用だといってきた。それから那覇から唐へのケイショウは大事だった。牛のような生き物が出た。イチグシクはデーナンというと、海に入り込み、また向こうで出た。その人が唐の道を探り当てて行った。そして御用船がここに来なかったのはどういうわけかときかれると、ケースの中に生き物がいてそれが難破させたので、唐の人も大和の人も沖縄の人もこの島に流れ着いた。そして村の人たちが助け上げ、御願所をつくって村で拝んでいる、と答えた。また、唐から帰ってきた東風平の金持ちの家の人が支度をした。おばあさん一人で育てた孫が、自分も行くといった。親が止めなさいといって止めるが、きかずいくことになった。親が子供の首に何かを掛けながら、「粟を持っている人に会うとこの袋を上げなさい」といった。子供は便所に行きたくなり、路地に入って行った。すると鬼に捕まえられてしまった。鬼がこれは余りにも痩せているので太らせてあげる、といって閉じ込めてしまった。おばあさんは、孫は粟うじを持っている人に会ったらこれを開けてみなさい、と親にいわれているので、といって行ってみることにした。するとカニを切るのこぎりを曲げていた。これを昇って一夜のうちに柱を切って出て行った。おばあさんは毎朝、お茶を入れ、スタリ節をしていた。隣の金持ちは1日、15日に親戚を集めて願い事をしていた。おばあさんが育てた孫は、このおばあさんが毎朝お茶を入れ、スタリー節を歌ったので、唐から無事に帰ってきた。隣の金持ちの子供は鬼に食われて帰ってこなかった。スタリー節はカリー(嘉例)の歌だったんだといっていた。粟国と那覇のスタリー節は似ている。正月にも歌っているし、生年祝いにも親戚を集めてお茶を飲みながらこの歌を歌っている。 |
| 全体の記録時間数 | 7:36 |
| 物語の時間数 | 7:20 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |