民俗 交通 運輸 通信(共通語)

概要

昔は山道や浜を歩いた。人間が堂々と通れる道ができたのは大正12、13年頃だった。それから砂利道になりアスファルトになったのは採訪時からさかのぼって5年位前だった。昔は牛の皮を肩にかけて荷物を担いで、山や畑まで運んだ。荷物を馬で運んだのは50年位前で、牛で運ぶようになったのは最近のことだ。この村のはずれに橋があるが、これは60年前くらいにできた。それより前は川を歩いて渡った。はじめは板を三枚はった木橋で、それからコンクリートになり鉄筋になった。山原船で川田と平安座、伊計などと通運していた。物々交換で川田からは薪、山原船からは食料品(米、酒、昆布、ソーメン等)や生活用品など。天気が荒れて暴雨風になると山原船が来れないので非常に困った。郵便局は明治時代からあり、サントウ局といって、個人の家を借りてやった。現在は平良にある。

再生時間:6:23

民話詳細DATA

レコード番号 47O380536
CD番号 47O38C027
決定題名 民俗 交通 運輸 通信(共通語)
話者がつけた題名
話者名 金城長一
話者名かな きんじょうちょういち
生年月日 19130310
性別
出身地 沖縄県国頭郡東村字川田
記録日 19790804
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 東村字川田 T20 A15 
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 山道,浜,砂利道,アスファルト,牛の皮,馬,橋,山原船,川田,平安座,伊計,物々交換,薪,食料品,生活用品,郵便局,サントウ局,平良
梗概(こうがい) 昔は山道や浜を歩いた。人間が堂々と通れる道ができたのは大正12、13年頃だった。それから砂利道になりアスファルトになったのは採訪時からさかのぼって5年位前だった。昔は牛の皮を肩にかけて荷物を担いで、山や畑まで運んだ。荷物を馬で運んだのは50年位前で、牛で運ぶようになったのは最近のことだ。この村のはずれに橋があるが、これは60年前くらいにできた。それより前は川を歩いて渡った。はじめは板を三枚はった木橋で、それからコンクリートになり鉄筋になった。山原船で川田と平安座、伊計などと通運していた。物々交換で川田からは薪、山原船からは食料品(米、酒、昆布、ソーメン等)や生活用品など。天気が荒れて暴雨風になると山原船が来れないので非常に困った。郵便局は明治時代からあり、サントウ局といって、個人の家を借りてやった。現在は平良にある。
全体の記録時間数 6:23
物語の時間数 6:23
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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