民俗 字の沿革(共通語)

概要

有銘部落は明治初め頃にできる。もとからの住民は4、5軒あったが、採訪時は島袋、佐久本などの二つの姓、三所帯しか残っていない。後は全部、首里、那覇、泡瀬、具志川あたりの中南部からの寄留民である。戦前は五月ウマチーの神拝みの頃は、皆が祖先のところに戻るので人がいなくなるほどだった。元からの住民の権利は強くて寄留民は彼らに支配されていた。例えば、夜道を酒を飲んで歌を歌いながら歩いたりするとひどい罰を科せられた。以前は燃料などは全て薪であったし、建築資材なども全て沖縄のなかで調達しなければならなかったので、そうした産業で生活する人たちがここらに寄留してきた。切り出した木などは山原船で那覇や与那原に運んだ。そして返ってくるときには、生活物資を運んできた。ここは農業をする土地がなくても生活ができた。この部落は寄留民が多いので団結して村をよくしていこうという気持ちがうすい。東村内でも慶佐次、平良、川田、宮城などはここと反対で昔の住民が多くて寄留民が少ないので団結心が強い。しかしここも何代も経て、ここで生まれた人たちが多くなったことで悪い面はまったくなくなった。

再生時間:10:25

民話詳細DATA

レコード番号 47O380426
CD番号 47O38C021
決定題名 民俗 字の沿革(共通語)
話者がつけた題名
話者名 比嘉蒲春
話者名かな ひがかまはる
生年月日 19100203
性別
出身地 沖縄県国頭郡東村字有銘
記録日 19790803
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 東村字有銘 T16 A06 
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 有銘部落,島袋,佐久本,首里,那覇,泡瀬,具志川,寄留民,五月ウマチー,神拝み,祖先,権利,薪,建築資材,山原船,東村,慶佐次,平良,川田,宮城,団結心
梗概(こうがい) 有銘部落は明治初め頃にできる。もとからの住民は4、5軒あったが、採訪時は島袋、佐久本などの二つの姓、三所帯しか残っていない。後は全部、首里、那覇、泡瀬、具志川あたりの中南部からの寄留民である。戦前は五月ウマチーの神拝みの頃は、皆が祖先のところに戻るので人がいなくなるほどだった。元からの住民の権利は強くて寄留民は彼らに支配されていた。例えば、夜道を酒を飲んで歌を歌いながら歩いたりするとひどい罰を科せられた。以前は燃料などは全て薪であったし、建築資材なども全て沖縄のなかで調達しなければならなかったので、そうした産業で生活する人たちがここらに寄留してきた。切り出した木などは山原船で那覇や与那原に運んだ。そして返ってくるときには、生活物資を運んできた。ここは農業をする土地がなくても生活ができた。この部落は寄留民が多いので団結して村をよくしていこうという気持ちがうすい。東村内でも慶佐次、平良、川田、宮城などはここと反対で昔の住民が多くて寄留民が少ないので団結心が強い。しかしここも何代も経て、ここで生まれた人たちが多くなったことで悪い面はまったくなくなった。
全体の記録時間数 10:26
物語の時間数 10:25
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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