昔は今よりのんびりして、正月などもやっていた。あまり食べ物はないけれども。約八十年ぐらい前から、中部あたりの寄留民で作られた。道は真っ暗で名護まで歩いて二日がかりだった。年に一二回出た。宮城から川田までは潮が引いていたら浜を歩いて、満ちていたらわきを上がって通った。旧道も大正14年まではなかった。高江の人が兵隊に行っていた時の話。その人が一時里帰りして再び点呼に間に合わせて帰隊しようとしたが遅れてしまった。わけを聞かれ、潮が満ちて歩くことができなかったというと許されたという話がある。結婚は本人同志はどうでもよくて親の押し付けだった。ほとんどが部落内で結婚した。
| レコード番号 | 47O380064 |
|---|---|
| CD番号 | 47O38C003 |
| 決定題名 | 民俗 社会生活(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 喜屋武盛英 喜屋武盛景 |
| 話者名かな | きゃんせいえい きゃんせいけい |
| 生年月日 | 19130814 19130806 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県国頭郡東村字高江 沖縄県国頭郡東村字高江 |
| 記録日 | 19790802 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 東村字高江 T02 B04 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 世間話、 民俗、 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 中部,寄留民,名護,宮城,川田,潮,旧道,高江,結婚 |
| 梗概(こうがい) | 昔は今よりのんびりして、正月などもやっていた。あまり食べ物はないけれども。約八十年ぐらい前から、中部あたりの寄留民で作られた。道は真っ暗で名護まで歩いて二日がかりだった。年に一二回出た。宮城から川田までは潮が引いていたら浜を歩いて、満ちていたらわきを上がって通った。旧道も大正14年まではなかった。高江の人が兵隊に行っていた時の話。その人が一時里帰りして再び点呼に間に合わせて帰隊しようとしたが遅れてしまった。わけを聞かれ、潮が満ちて歩くことができなかったというと許されたという話がある。結婚は本人同志はどうでもよくて親の押し付けだった。ほとんどが部落内で結婚した。 |
| 全体の記録時間数 | 5:21 |
| 物語の時間数 | 5:00 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |