ダチガー坊主はその頃の偉い人であられたって。ダチガーのハクグイ取られて。その歌もあるが。「情(しなさき)るたるむ 屋古田港(やくたんな)やしが いちゃし 塩屋港(すやみなとぅ)渡てぃ行ちゅが」[歌]。ダチガー坊主が歌われたってよ。「情きる誰ぬ 屋古田港やしが 何時し 塩屋港渡てぃ行ちゅが。」と。ダチガー坊主や思い切り※だちかんてぃ※、そういうふうにしたって。※ハクグイ※取られたって、ダチガー坊主は。水は※とぅてぃないしが※、もう年を取ったからそれも分からなくなって。ダチガー坊主って、そこに( )そこで※砂糖も炊くさーたんたくてぃーとぅ※。※たくてーとぅ※、私達の叔父に当たる人よ、私達が小さい頃は香炉もあって、ーあの人はまた山猪取りでもあったから、夜になったらね。山猪取りでもあって、取って来たら、そこのダチガーの流れる所、押川に、山猪は取って焼いておいて、アク抜きして、ぃ夜が明けてからまた拵えに行ったが。そこには、竈を造って、ダチガー坊主の座敷になっていて、また神生まりでもあったから。その人には何もなかったという話をなさっていた。ダチガー坊主というお方は大変感心な人だったって。セジ高い生まれをなさっていたって。「情きる誰ぬ 屋古田港やしが 何時し 塩屋港渡てぃ行ちゅが。」りと歌われた。その坊主という方は首里の番所勤めであられたのか。「塩屋港渡てぃ行ちゅが。」りと。今の学校の先にトゥヌガーといってあるさあ、松で造った伝馬船から渡って行ったから。「何時し 塩屋港渡てぃ行ちゅが。」と歌われたって。
〔※分からない方言が多くて対訳が不十分です。〕
〔方言原話〕 話(ぱなし)やしかとぅ分からんさー、ダチガー坊主やうぬ時(とぅき)、偉い人(ちゅ)やみしぇーたんり。ダチガーぬハクグイ取(とぅ)いみそーち。うぬ歌ん有いしがや。「情(しなさ)きる誰(たる)ぬ 屋古田港(やくたんな)やしが 何時(いちゃ)し 塩屋港(すなみなとぅ)渡てぃ行ちゅが。」りぬ。ダチガー坊主ぬる歌いしみそーちゃんりどー。「情(しなさ)きる誰(たる)ぬ 屋古田港(やくたんな)やしが 何時(いちゃ)し 塩屋港(すやみなとぅ)渡てぃ行ちゅが。」りち。ダチガー坊主やうみちちだちかんてぃ、すぐうりしんそーちゃん。ハクグイ取(とぅ)いみそーちゃんり、ダチガー坊主や。水(みじ)はとぅてぃないしが、だー年(とぅし)寄(ゆ)たーとぅうりん分からんなてぃ。ダチガー坊主りち、うまんてぃ( )うまてぃさーたんたくてぃーとぅ。たくてーとぅ、私達(わった)ぁ叔父さんないる人(ちゅー)よ、あぬー私達(わった)ぁ御香炉(うこーる)小さいぬ時(とぅき)、うまんてぃあぬ人(ちゅー)やまた山猪(やまし)取(とぅ)やんやてーとぅ、夜(ゆる)なー。山猪(やまし)取(とぅ)やんやてーとぅ、取(とぅ)てぃ来(きー)るんしぇー、うまダチガーぬ流しねー、押川ーだ、山猪(やまし)ぇ取(とぅ)ってい焼ちち、アク抜がすんりちちきてぃ、夜(ゆー)ぬ明きーれーるまた拵(くしれー)が行くたしが。うまねー、あぬー竈(はま)たてぃたーとぅ、ダチガー坊主ぬ座敷なてぃ、また神生まりしてーとぅ。うぬ人(ちゅー)ねーうっさきあぬーならんたんりちちゃー話ぃしみしぇーたしが。大変(いちべー)ダチガー坊主ぇ感り心な人(ちゅ)やみしぇーたんり。さーだか生まりしみそーち。
情(しなさ)きる誰(たる)ぬ 屋古田港(やくたんな)やしが、「何時(いちゃ)し 塩屋港(すやみなとぅ)渡てぃ行ちゅが。」りち歌いんそーち。うぬ坊主りみしぇーぬ人(ちゅー)うあ首里(すい)ぬ番所(ばんず)がやみしぇーたらー。「塩屋港(すやみなとぅ)渡てぃ行ちゅが。」りち。今(なま)ぬあぬー学校ぬ先ぬトゥヌガーりちあいし、しるは松(まーち)る渡ち伝馬(てぃんまー)から渡いてーとぅ。「何時(いちゃ)し 塩屋港(すやみなとぅ)渡てぃ行ちゅが。」りち歌しみしぇーたんり。
| レコード番号 | 47O220701 |
|---|---|
| CD番号 | 47O22C032 |
| 決定題名 | ダチガー坊主(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | ダチガー坊主 |
| 話者名 | 松本マツ |
| 話者名かな | まつもとまつ |
| 生年月日 | 18920212 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県大宜味村田港 |
| 記録日 | 19830305 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 大宜味村田港T27A05 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | はなしは、しかとーわからんさー |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | ダチガー坊主 |
| 梗概(こうがい) | ダチガー坊主はその頃の偉い人であられたって。ダチガーのハクグイ取られて。その歌もあるが。「情(しなさき)るたるむ 屋古田港(やくたんな)やしが いちゃし 塩屋港(すやみなとぅ)渡てぃ行ちゅが」[歌]。ダチガー坊主が歌われたってよ。「情きる誰ぬ 屋古田港やしが 何時し 塩屋港渡てぃ行ちゅが。」と。ダチガー坊主や思い切り※だちかんてぃ※、そういうふうにしたって。※ハクグイ※取られたって、ダチガー坊主は。水は※とぅてぃないしが※、もう年を取ったからそれも分からなくなって。ダチガー坊主って、そこに( )そこで※砂糖も炊くさーたんたくてぃーとぅ※。※たくてーとぅ※、私達の叔父に当たる人よ、私達が小さい頃は香炉もあって、ーあの人はまた山猪取りでもあったから、夜になったらね。山猪取りでもあって、取って来たら、そこのダチガーの流れる所、押川に、山猪は取って焼いておいて、アク抜きして、ぃ夜が明けてからまた拵えに行ったが。そこには、竈を造って、ダチガー坊主の座敷になっていて、また神生まりでもあったから。その人には何もなかったという話をなさっていた。ダチガー坊主というお方は大変感心な人だったって。セジ高い生まれをなさっていたって。「情きる誰ぬ 屋古田港やしが 何時し 塩屋港渡てぃ行ちゅが。」りと歌われた。その坊主という方は首里の番所勤めであられたのか。「塩屋港渡てぃ行ちゅが。」りと。今の学校の先にトゥヌガーといってあるさあ、松で造った伝馬船から渡って行ったから。「何時し 塩屋港渡てぃ行ちゅが。」と歌われたって。 〔※分からない方言が多くて対訳が不十分です。〕 〔方言原話〕 話(ぱなし)やしかとぅ分からんさー、ダチガー坊主やうぬ時(とぅき)、偉い人(ちゅ)やみしぇーたんり。ダチガーぬハクグイ取(とぅ)いみそーち。うぬ歌ん有いしがや。「情(しなさ)きる誰(たる)ぬ 屋古田港(やくたんな)やしが 何時(いちゃ)し 塩屋港(すなみなとぅ)渡てぃ行ちゅが。」りぬ。ダチガー坊主ぬる歌いしみそーちゃんりどー。「情(しなさ)きる誰(たる)ぬ 屋古田港(やくたんな)やしが 何時(いちゃ)し 塩屋港(すやみなとぅ)渡てぃ行ちゅが。」りち。ダチガー坊主やうみちちだちかんてぃ、すぐうりしんそーちゃん。ハクグイ取(とぅ)いみそーちゃんり、ダチガー坊主や。水(みじ)はとぅてぃないしが、だー年(とぅし)寄(ゆ)たーとぅうりん分からんなてぃ。ダチガー坊主りち、うまんてぃ( )うまてぃさーたんたくてぃーとぅ。たくてーとぅ、私達(わった)ぁ叔父さんないる人(ちゅー)よ、あぬー私達(わった)ぁ御香炉(うこーる)小さいぬ時(とぅき)、うまんてぃあぬ人(ちゅー)やまた山猪(やまし)取(とぅ)やんやてーとぅ、夜(ゆる)なー。山猪(やまし)取(とぅ)やんやてーとぅ、取(とぅ)てぃ来(きー)るんしぇー、うまダチガーぬ流しねー、押川ーだ、山猪(やまし)ぇ取(とぅ)ってい焼ちち、アク抜がすんりちちきてぃ、夜(ゆー)ぬ明きーれーるまた拵(くしれー)が行くたしが。うまねー、あぬー竈(はま)たてぃたーとぅ、ダチガー坊主ぬ座敷なてぃ、また神生まりしてーとぅ。うぬ人(ちゅー)ねーうっさきあぬーならんたんりちちゃー話ぃしみしぇーたしが。大変(いちべー)ダチガー坊主ぇ感り心な人(ちゅ)やみしぇーたんり。さーだか生まりしみそーち。 情(しなさ)きる誰(たる)ぬ 屋古田港(やくたんな)やしが、「何時(いちゃ)し 塩屋港(すやみなとぅ)渡てぃ行ちゅが。」りち歌いんそーち。うぬ坊主りみしぇーぬ人(ちゅー)うあ首里(すい)ぬ番所(ばんず)がやみしぇーたらー。「塩屋港(すやみなとぅ)渡てぃ行ちゅが。」りち。今(なま)ぬあぬー学校ぬ先ぬトゥヌガーりちあいし、しるは松(まーち)る渡ち伝馬(てぃんまー)から渡いてーとぅ。「何時(いちゃ)し 塩屋港(すやみなとぅ)渡てぃ行ちゅが。」りち歌しみしぇーたんり。 |
| 全体の記録時間数 | 3:24 |
| 物語の時間数 | 3:15 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◯ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |