田港部落の始まり(共通語)

概要

この田港の先祖は、ずっと前にさかのぼるが、おそらく千二、三百年前、田港大主(たんなうふすー)が与那城村(よなぐすくむら)の浜部落(はまぶらく)からここに移って来ているわけです。そうして、そこに来たのはいろんな歴史では、とにかく浜から来る途中にねえ、娘と妻を連れてきたところが、妻は途中で死んでしまって、いったんは東村(ひがしそん)の慶佐次(げさし)に来て、それからここまでたどりついて、その田港大主と娘の親子が最初に家を建てたわけです。その人が、田港御嶽に神を祭ってそれから、田港の部落の神を起したのです。それから、何代伝えてきたか解からないけれども、まあこれから、約六百年前になって尚徳王(しょうとくおう)が廃止させられて、それと同時に、田港のオモトガニ(ウミトウクガニ)という人が最初は、謝名城に難をのがれてそれから、山伝いに来て、今は墓場になっていますが、三嶽に来て住んでいるわけですよ。そうして、尚円王(しょうえんおう)系統の捜索隊がいる間は隠れていて、いなくなったら部落に下りて来たわけです。それが今の部落の祖先になっている。この人の妻は湧川按司(わくがわあじ)の娘とされていますけれど、今帰仁のクバ嶽とか城のアマチジュウの神人(かみんちゅ)であったわけで、このウミトウクガニという人の妻は、ここに移って来て、そして、根路銘に御嶽とか作って、北山に向けたり、南山に向けたりしてから、向こうの神を信んじてですね、拝んでおったわけです。

再生時間:6:16

民話詳細DATA

レコード番号 47O220671
CD番号 47O22C030
決定題名 田港部落の始まり(共通語)
話者がつけた題名 田港部落の始まり
話者名 松本正夫
話者名かな まつもとまさお
生年月日 19201028
性別
出身地 沖縄県大宜味村田港
記録日 19830305
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 大宜味村田港T26A06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 田港,先祖,田港大主,与那城村,浜部落,娘,妻,東村,慶佐次,田港御嶽,尚徳王,オモトガニ(ウミトウクガニ),謝名城,三嶽,尚円王,湧川按司,今帰仁,クバ嶽,アマチジュウ,神人,根路銘,
梗概(こうがい) この田港の先祖は、ずっと前にさかのぼるが、おそらく千二、三百年前、田港大主(たんなうふすー)が与那城村(よなぐすくむら)の浜部落(はまぶらく)からここに移って来ているわけです。そうして、そこに来たのはいろんな歴史では、とにかく浜から来る途中にねえ、娘と妻を連れてきたところが、妻は途中で死んでしまって、いったんは東村(ひがしそん)の慶佐次(げさし)に来て、それからここまでたどりついて、その田港大主と娘の親子が最初に家を建てたわけです。その人が、田港御嶽に神を祭ってそれから、田港の部落の神を起したのです。それから、何代伝えてきたか解からないけれども、まあこれから、約六百年前になって尚徳王(しょうとくおう)が廃止させられて、それと同時に、田港のオモトガニ(ウミトウクガニ)という人が最初は、謝名城に難をのがれてそれから、山伝いに来て、今は墓場になっていますが、三嶽に来て住んでいるわけですよ。そうして、尚円王(しょうえんおう)系統の捜索隊がいる間は隠れていて、いなくなったら部落に下りて来たわけです。それが今の部落の祖先になっている。この人の妻は湧川按司(わくがわあじ)の娘とされていますけれど、今帰仁のクバ嶽とか城のアマチジュウの神人(かみんちゅ)であったわけで、このウミトウクガニという人の妻は、ここに移って来て、そして、根路銘に御嶽とか作って、北山に向けたり、南山に向けたりしてから、向こうの神を信んじてですね、拝んでおったわけです。
全体の記録時間数 6:16
物語の時間数 6:16
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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