恋がり山(共通語)

概要

昔、山口の先祖が那覇へ行く途中、難破して喜界島によりあげられ、そこでしばらく生活していた。その時、「自分には妻も子もいない」ということにして、祝女加那志という人を妻にして連れてきた。島に来ると、その人には妻も子もいたので、その祝女を家に連れて行くことができず、港においてある船にその祝女をしばらくおいていた。まもなく家に連れて来たが、思わしくなく男の人は逃げ出してしまった。その祝女加那志は子供を産んで苦労していた。その祝女加那志は島にも帰ることが出来ず、この部落の後の山の穴に行って、「田嘉里の部落よ、私がこんなにしても栄えなさい、子供も栄えなさい」と言って手を合わせて、その穴の中に入って行った。その女の人はその穴の中でこがれて亡くなった。その祝女加那志の子供は、母親の乳を飲んで母親の腹の上で亡くなっていた。そこは、子供を産んだら旧の7月の拝みの日に、どこにいても娘は帰って来て、そこを拝まないといけない。

再生時間:4:20

民話詳細DATA

レコード番号 47O220170
CD番号 47O22C007
決定題名 恋がり山(共通語)
話者がつけた題名 恋がり山
話者名 知念カマド
話者名かな ちねんかまど
生年月日 19000220
性別
出身地 沖縄県大宜味村田嘉里
記録日 19830303
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 大宜味村田嘉里T07A11
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく) むかし
伝承事情 おばあさんたちから聞いた。
文字化資料
キーワード 山口の先祖,那覇,難破,喜界島,祝女加那志,妻,連れてきた,島,妻子がいる,港にある船,男は逃げる,子供を産む,後の山の穴,田嘉里,栄えなさい,穴の中,亡くなる,母親の腹の上で亡くなる,旧の7月の拝みの日,拝む,
梗概(こうがい) 昔、山口の先祖が那覇へ行く途中、難破して喜界島によりあげられ、そこでしばらく生活していた。その時、「自分には妻も子もいない」ということにして、祝女加那志という人を妻にして連れてきた。島に来ると、その人には妻も子もいたので、その祝女を家に連れて行くことができず、港においてある船にその祝女をしばらくおいていた。まもなく家に連れて来たが、思わしくなく男の人は逃げ出してしまった。その祝女加那志は子供を産んで苦労していた。その祝女加那志は島にも帰ることが出来ず、この部落の後の山の穴に行って、「田嘉里の部落よ、私がこんなにしても栄えなさい、子供も栄えなさい」と言って手を合わせて、その穴の中に入って行った。その女の人はその穴の中でこがれて亡くなった。その祝女加那志の子供は、母親の乳を飲んで母親の腹の上で亡くなっていた。そこは、子供を産んだら旧の7月の拝みの日に、どこにいても娘は帰って来て、そこを拝まないといけない。
全体の記録時間数 5:26
物語の時間数 4:20
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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