根差部親方(シマグチ)

概要

謝名城の城(グシク)は約600年前のもので、あの当時部落の戸数は5.6軒であったと思う。このあとここに来た根差部親方は首里城からここに来たわけだが、この方は、360年前、あるいは450年前の人だという説もあるが、この人が来たときも4.5軒しか戸数がなかったと思われる。あの当時、どのようにして、このような不便な所に来たのか、なんのたよりもないのだが、何故ここに来たかというと(私達の判断では、あの人は大島征伐の時に、首里城におられなくなり、北部の方に向かって来たわけだ。海岸沿いの辺土名方面は交通の便もあり、生活においても便利だと思うが、ここに最後までとどまったということは、ここは北風をさえぎり海岸沿いより暮らしやすいし、川にも近い、また薪もたくさんあるので交通だけは不便だが、北風をさえぎりその他の食生活には困らなかったので、ここにいたと思われる。もう一つは辺土名ノロを妻にしたことだが、この人も投げ網を作り、海岸沿いを歩き、各部落で魚を配って歩いたので、辺土名ノロ(その当時のノロは夫をもっていけなかった)と、魚をあげたりしたので、親しくなったので夫婦になり、子供もできた。現在、遺骨は謝名城にある。

再生時間:7:05

民話詳細DATA

レコード番号 47O220085
CD番号 47O22C004
決定題名 根差部親方(シマグチ)
話者がつけた題名 根差部親方
話者名 野里耕林
話者名かな のざとこうりん
生年月日 19060702
性別
出身地 沖縄県大宜味村謝名城
記録日 19810503
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 大宜味村謝名城T04A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 伝説
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 謝名城の城(グシク),600年前,部落の戸数,5.6軒,根差部親方,首里城,大島征伐,北部,海岸沿い,辺土名,交通の便,北風,海岸沿い,薪,北風をさえぎり,食生活,辺土名ノロ,妻,投げ網を作る,魚を配った,夫婦,子供,遺骨,
梗概(こうがい) 謝名城の城(グシク)は約600年前のもので、あの当時部落の戸数は5.6軒であったと思う。このあとここに来た根差部親方は首里城からここに来たわけだが、この方は、360年前、あるいは450年前の人だという説もあるが、この人が来たときも4.5軒しか戸数がなかったと思われる。あの当時、どのようにして、このような不便な所に来たのか、なんのたよりもないのだが、何故ここに来たかというと(私達の判断では、あの人は大島征伐の時に、首里城におられなくなり、北部の方に向かって来たわけだ。海岸沿いの辺土名方面は交通の便もあり、生活においても便利だと思うが、ここに最後までとどまったということは、ここは北風をさえぎり海岸沿いより暮らしやすいし、川にも近い、また薪もたくさんあるので交通だけは不便だが、北風をさえぎりその他の食生活には困らなかったので、ここにいたと思われる。もう一つは辺土名ノロを妻にしたことだが、この人も投げ網を作り、海岸沿いを歩き、各部落で魚を配って歩いたので、辺土名ノロ(その当時のノロは夫をもっていけなかった)と、魚をあげたりしたので、親しくなったので夫婦になり、子供もできた。現在、遺骨は謝名城にある。
全体の記録時間数 7:16
物語の時間数 7:05
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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