仲順大主の話(シマグチ)

概要

仲順大主は、中心に祀られた人だから、やっぱし誠な者さ。仲順流れの歌には、自分の子どもに仲順大主が、「おれを養うために、どうして養うか。」と聞いた話がありますが、徳の高い仲順大主が自分の子に、「孫を殺して自分の嫁の乳を飲ませい。」という話がありますが、そんな馬鹿な話はないだろうと私は考えているんです。だから、そういう話はあるけれども、私はそれは自分で信じませんな。これは、みんなの心を立派にせんがために、また、みんなの親を大切にするという考えかたを持って、こんな話が出ているんだと思っています。それほどの一門なのに、その仲順大主の子孫は浦添とか首里にいらっしゃるが、ここには一人さえもいらっしゃらない。それでも、「仲順大主は、この仲順を仕立あげた按司だから。」と言って、仲順では、九月一三日にみんなが集まって墓を拝んでいるんです。あのお宮は、お分かりのように、中心は仲順大主で、義本王、舜天王の三名が祀られている。その仲順大主の位牌は、元は上ヌ安里の家に義本王から舜天王の位牌と一緒に一箇所に置いてあったといいますよ。それが、「こう一箇所に置いたらいけない。」と言って、上ヌ安里から安里が分かれる場合に、その分家するに安里に、「仲順大主の位牌は、お前が持って分かれなさい。」と言うので、安里が分かれたときに持って行って、そして、今度は、その分家の安里からまた上ヌ安里に養子になったとき、位牌は上ヌ安里に戻されたが、またその後に分家の安里家に位牌が置かれるようになったというんだな。また、この三柱は、「お宮を造って皆で信心しないといけない。」と言って、お宮を造ってお迎えしていたんだか、そのお宮はこの戦世でなくなったが、また建て替えて、その中に位牌は、飾ってある。

再生時間:2:23

民話詳細DATA

レコード番号 47O361925
CD番号 47O36C073
決定題名 仲順大主の話(シマグチ)
話者がつけた題名
話者名 比嘉為昌
話者名かな ひがためしょう
生年月日 19031027
性別
出身地 沖縄県北中城村字仲順
記録日 19811213
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 北中城村補足調査班T39A09
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 その他
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 北中城の民話 P66
キーワード 仲順大主,仲順流れ,按司,義本王,舜天王
梗概(こうがい) 仲順大主は、中心に祀られた人だから、やっぱし誠な者さ。仲順流れの歌には、自分の子どもに仲順大主が、「おれを養うために、どうして養うか。」と聞いた話がありますが、徳の高い仲順大主が自分の子に、「孫を殺して自分の嫁の乳を飲ませい。」という話がありますが、そんな馬鹿な話はないだろうと私は考えているんです。だから、そういう話はあるけれども、私はそれは自分で信じませんな。これは、みんなの心を立派にせんがために、また、みんなの親を大切にするという考えかたを持って、こんな話が出ているんだと思っています。それほどの一門なのに、その仲順大主の子孫は浦添とか首里にいらっしゃるが、ここには一人さえもいらっしゃらない。それでも、「仲順大主は、この仲順を仕立あげた按司だから。」と言って、仲順では、九月一三日にみんなが集まって墓を拝んでいるんです。あのお宮は、お分かりのように、中心は仲順大主で、義本王、舜天王の三名が祀られている。その仲順大主の位牌は、元は上ヌ安里の家に義本王から舜天王の位牌と一緒に一箇所に置いてあったといいますよ。それが、「こう一箇所に置いたらいけない。」と言って、上ヌ安里から安里が分かれる場合に、その分家するに安里に、「仲順大主の位牌は、お前が持って分かれなさい。」と言うので、安里が分かれたときに持って行って、そして、今度は、その分家の安里からまた上ヌ安里に養子になったとき、位牌は上ヌ安里に戻されたが、またその後に分家の安里家に位牌が置かれるようになったというんだな。また、この三柱は、「お宮を造って皆で信心しないといけない。」と言って、お宮を造ってお迎えしていたんだか、そのお宮はこの戦世でなくなったが、また建て替えて、その中に位牌は、飾ってある。
全体の記録時間数 4:29
物語の時間数 2:23
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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