謝名親方は、首里城に勤めておるお方ですよ。その人の息子が二人、長男と次男とおったらしいです。非常に武勇が優れた二人だった。そこで、この親方は内地にちょっとなにか勤めとかで行ったんですが、そして向こうに行って、沖縄の欲求をぼんぼん言ったらしい。こっちから一緒に薩摩に行った役人は、四、五名か、二、三人の人ですがね、ほかの人は、謝名親方のみたような言い方はしないで、みんなはもう、賛成してしまったと。しかし、その謝名親方という人は、向こうの言うことをあんまり聞かないでいるからね、ほんで、沖縄に帰ることになったら、他の人はみな沖縄に帰されて、その謝名親方という人は、もうあそこに置かれてね、処刑することになったらしい。ほんで、謝名親方を処刑することになって、油を大きな鍋に沸かして、それに入れて死刑にする計りごとを薩摩の方がした。そしたら、その謝名親方は、もう死ぬんだからと、その処刑現場に来て、「私に空手使わしてくれ。」と言うと、「よかろう。沖縄の空手は珍しいというから、やってごらん。」と言うて、謝名親方には、刀も持った二人の護衛がついてね、空手をやることを許してね、ほんで、空手を見せ終わったら、すぐ池につき落として死なすつもりでいたらしい。しかし、その人は、「空手を見せよう。」と言って、最後に、そばにいた二人の護衛を捕まえてね、一緒に油の鍋に飛び込んだらしいんだよ。そんで、この三名がね、この鍋の中で左にとかこう巻いたって。そんで、これがあって、琉球王の紋は、左御紋ということになったらしいんですよ。そんで、その後からまた、謝名親方の子供の兄弟の長男と次男の二人が、「仇討ちに行くからやらせてくれ。」と一生懸命政府に、王に願ったら、摂政三司官という役の人が、「あんたらが仇討ちに行ったら、また薩摩と戦争が始まって、沖縄はみんな殺されるから許せない。」と言って許さないから、それでも兄弟は、「必ず行かしてくれ。」と言ったから、どうしても意見が合わなくなっている。そこで、上の人らがもう相談して、「これをやらさんようにしなければいけない。」と考えた。豊見城親方という人は、武勇が強いけども、しかし、謝名親方の長男のようには、武勇は達者ではなかった。ほんで、豊見城親方の師匠が豊見城親方と二人を立ち会わせて、そいで、豊見城親方に勝てたら行けということなったよ。ほんだら、「よろしい。」と始めは、謝名の弟と豊見城親方の二人が立ち会って、で、謝名親方の弟は豊見城親方にやっぱり切られて負けて。その間、謝名親方の長男はね、そこで碁を打っておったらしい。弟切られたのも、もう知らんような顔でね、碁を一生懸命に打っておった。で、その碁の相手の人が、「弟は殺されたよ。」と言われたらね、「そうか、出来なかったか。」と言って、豊見城親方の立ち会ったらしい。やっぱり立ち合ったけど、もう刀を合わせたら、謝名の兄の方が強いらしい。この豊見城親方の師匠はね、前もって豊見城親方に奥の手を教えておった。「こう太刀をあわせていてね、私がフシヤ豊見城と言ったら、そのとき謝名の兄の腕を切り落とせ。」と教えていたんだね。ほんで、もう豊見城親方は、謝名親方の長男が強いんだから、負けそうになってね、謝名親方の長男が片手でかかったとき、その師匠がね、芝居にあったように扇でこんなして、「フシヤ豊見城。」と声をかけたら、謝名親方の長男の片手をサーッと切り落とされたそうだ。ほんで、その刀は切り落とされてからもね、謝名親方の長男は、ここの足の指に刀をこうはさんでね、豊見城親方の方に、「おのれ、豊見城。」と言ってこの刀を投げたそうです。しかし、謝名親方の長男は、この試合に負けたから、それで、向こうと戦争をしなくてもすんだという。こういうことです。
| レコード番号 | 47O361832 |
|---|---|
| CD番号 | 47O36C069 |
| 決定題名 | 謝名親方(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 大城栄光 |
| 話者名かな | おおしろえいこう |
| 生年月日 | 19151106 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県北中城村字熱田 |
| 記録日 | 19811213 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 北中城村字熱田調査17班T34A06 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 伝説 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 北中城の民話 P343 |
| キーワード | 謝名親方,首里城,薩摩,油,鍋,空手,琉球,紋,左御紋,豊見城親方,豊見城 |
| 梗概(こうがい) | 謝名親方は、首里城に勤めておるお方ですよ。その人の息子が二人、長男と次男とおったらしいです。非常に武勇が優れた二人だった。そこで、この親方は内地にちょっとなにか勤めとかで行ったんですが、そして向こうに行って、沖縄の欲求をぼんぼん言ったらしい。こっちから一緒に薩摩に行った役人は、四、五名か、二、三人の人ですがね、ほかの人は、謝名親方のみたような言い方はしないで、みんなはもう、賛成してしまったと。しかし、その謝名親方という人は、向こうの言うことをあんまり聞かないでいるからね、ほんで、沖縄に帰ることになったら、他の人はみな沖縄に帰されて、その謝名親方という人は、もうあそこに置かれてね、処刑することになったらしい。ほんで、謝名親方を処刑することになって、油を大きな鍋に沸かして、それに入れて死刑にする計りごとを薩摩の方がした。そしたら、その謝名親方は、もう死ぬんだからと、その処刑現場に来て、「私に空手使わしてくれ。」と言うと、「よかろう。沖縄の空手は珍しいというから、やってごらん。」と言うて、謝名親方には、刀も持った二人の護衛がついてね、空手をやることを許してね、ほんで、空手を見せ終わったら、すぐ池につき落として死なすつもりでいたらしい。しかし、その人は、「空手を見せよう。」と言って、最後に、そばにいた二人の護衛を捕まえてね、一緒に油の鍋に飛び込んだらしいんだよ。そんで、この三名がね、この鍋の中で左にとかこう巻いたって。そんで、これがあって、琉球王の紋は、左御紋ということになったらしいんですよ。そんで、その後からまた、謝名親方の子供の兄弟の長男と次男の二人が、「仇討ちに行くからやらせてくれ。」と一生懸命政府に、王に願ったら、摂政三司官という役の人が、「あんたらが仇討ちに行ったら、また薩摩と戦争が始まって、沖縄はみんな殺されるから許せない。」と言って許さないから、それでも兄弟は、「必ず行かしてくれ。」と言ったから、どうしても意見が合わなくなっている。そこで、上の人らがもう相談して、「これをやらさんようにしなければいけない。」と考えた。豊見城親方という人は、武勇が強いけども、しかし、謝名親方の長男のようには、武勇は達者ではなかった。ほんで、豊見城親方の師匠が豊見城親方と二人を立ち会わせて、そいで、豊見城親方に勝てたら行けということなったよ。ほんだら、「よろしい。」と始めは、謝名の弟と豊見城親方の二人が立ち会って、で、謝名親方の弟は豊見城親方にやっぱり切られて負けて。その間、謝名親方の長男はね、そこで碁を打っておったらしい。弟切られたのも、もう知らんような顔でね、碁を一生懸命に打っておった。で、その碁の相手の人が、「弟は殺されたよ。」と言われたらね、「そうか、出来なかったか。」と言って、豊見城親方の立ち会ったらしい。やっぱり立ち合ったけど、もう刀を合わせたら、謝名の兄の方が強いらしい。この豊見城親方の師匠はね、前もって豊見城親方に奥の手を教えておった。「こう太刀をあわせていてね、私がフシヤ豊見城と言ったら、そのとき謝名の兄の腕を切り落とせ。」と教えていたんだね。ほんで、もう豊見城親方は、謝名親方の長男が強いんだから、負けそうになってね、謝名親方の長男が片手でかかったとき、その師匠がね、芝居にあったように扇でこんなして、「フシヤ豊見城。」と声をかけたら、謝名親方の長男の片手をサーッと切り落とされたそうだ。ほんで、その刀は切り落とされてからもね、謝名親方の長男は、ここの足の指に刀をこうはさんでね、豊見城親方の方に、「おのれ、豊見城。」と言ってこの刀を投げたそうです。しかし、謝名親方の長男は、この試合に負けたから、それで、向こうと戦争をしなくてもすんだという。こういうことです。 |
| 全体の記録時間数 | 5:35 |
| 物語の時間数 | 5:22 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |